あなたがいれば


 隣で静かに寝息を立てているあかねを永泉はじっと見つめる。
自分が誰かに対してこんなにも温かい気持ちになれる日が来るなんて思いもしなかった。 長
い間、傷つくことを恐れ、何にもかもから逃げてきた自分。
しかし、あかねは、そんな自分の背中を簡単に押してくれた。あと一歩踏み出すということは、
自分にとって世界が全く変わってしまう。今まで傷つくことなど無かったのに、自分から傷つくこ
とを覚悟していかなければならないということだった。
 しかし、一歩踏み出した後の世界は、今まで自分が見てき,嫌悪してきた世界と同じものであ
るはずなのに、全く違って見えた。
「私は、貴女からもらったのと同じくらい、貴女に返すことは出来ているのでしょうか・・・」
 永泉は、安らかな寝顔に問いかける。
それは、こうしてあかねがこの京に残ることを決意した後も、永泉の心の中にひょっこり顔を出
しては、永泉を不安にさせるものだった。 
 本当だったら、あかねは帰ってしまうはずの人間だったのに・・・。ここに、残るという決断をさ
せたことで、永泉はあかねからたくさんの物を奪ってしまった。生まれ育った故郷、友達、家
族。それに見合うものを自分は返せているのだろうか・・・?
自分があかねを思う気持ちは、誰にも負けていない。その自信はある。誰に聞かれても、それ
だけは胸を張って言える。
 しかし、だからこそ余計に怖かった。自分の思いだけで、ここにあかねを留まらせてしまった
こと。、一時の思いで残ってしまったかもしれないあかねが、いつか帰ってしまうんじゃないだろ
うか。もしかしたら、ここに留まらせてしまった自分を、あかねはいつか恨むんじゃないだろう
か・・・。しかし、永泉は、今更あかねを失う日のことなど考えられなかった。
 あかねは、そんな永泉の思いをただじっと眠っているふりをしながら聞いていた。

「永泉。何を考えているんだ」
 突然家を訪ねてきた泰明にそう聞かれ、永泉はまごつく。
「えっ?」
「隠しても無駄だ。私には、全てわかる。話してみろ」
 泰明は、何もかも見透かしているような目で永泉を見る。永泉は、何もかもお見通しとしとい
った顔の泰明に観念したように口を開く。
「永泉、お前そんなくだらないことを悩んでいるのか」
 永泉から一部始終を聞いた泰明は、呆れたようにため息を吐く。
「ですが・・・」
「いいか、永泉。神子は、お前と残ることを選んだのだ。それが、どういうことかお前はまだ良く
わかっていないようだな・・・」
「よくわかっています・・・!! 私は、自分は何も捨てずに、神子からはたくさんの物を奪ってしま
った・・・」
 永泉は、俯く。
「そうだ、永泉。お前は、神子から多くのモノを奪った。しかし、永泉。おまえはこれから神子に
多くのモノを与えてやることも出来るということを忘れていないか?」
「私が・・・?」
 永泉は、驚いたように泰明を見る。
「そうだ。たとえば、神子と過ごす日々がどれだけお前にとって素晴らしいものか、神子と見る
景色がどれだけすばらしい物か・・・。それを教えてやるだけでも、神子は喜ぶ」 泰明は優しく
微笑んだ。
「そんなことだけで、いいのでしょうか?」
「永泉・・・、お前が神子の家族になってやればいい。お前が、神子に新しい家族を作ってやれ
ば良いではないか。神子の世界に比べこの世界は退屈なものかもしれない。それでも、神子
がお前の手を取ったのなら、お前は自分が神子にしてやれることをすべてしてやれば良い。そ
れだけで、神子はきっと幸せを感じるだろう・・・」
泰明は、まるで全てを知っているかのように言った。

「神子・・・。あの、聞きたいことがあるのですが・・・」
 その夜、永泉は思い切ってあかねに予てから自分の心を支配していた疑問を切り出す。「私
も、永泉さんに聞きたいことがあるんです。永泉さんは、私といて、幸せですか? 私がこの世界
に残ってしまったこと、重荷になっていますか?」
 あかねは、いつに無く悲しそうな声で尋ねる。
「そんな、神子・・・!!私は、貴女とこうして一緒に過ごせること、本当に嬉しく思っているのです
よ。貴女は、帰ってしまうと思っていたから、私なんかとここにいてくれる筈がなど無いと思って
いたから・・・」
 そう言って永泉は、真っ直ぐあかねを見つめる。
「永泉さん。それじゃあ、もう、私のこと、神子って呼ぶのやめにしませんか?」
「ですが、み・・・」
 そう、あかねを呼びかけた永泉の唇をあかねの唇が塞いでしまう。
「みっ神子っ!!」
 永泉は突然のことにビックリしてあかねを見る。
「あかねって呼んでください。私は、もう龍神の神子じゃないから・・・」
 そう言ってあかねは微笑んだ。
「ですが、神子・・・」
「あかねです」
「あっ、あかね・・・さん・・・」
 永泉は、消え入りそうな声で耳まで真っ赤に染めてそう言う。
「仕方ないですね。これから、もっと長い時が経って、私達がもっと本当の家族になったら、そ
のときは、あかねって呼んで下さいね」
 あかねはそう言って微笑み、永泉の額にコツンと自分の額を当てる。
「こうして、永泉さんが何を考えているのかわかったらいいのにな」
「これから、ゆっくり話していきましょう。私は、あかねさんに話したい事がたくさんあるのです
よ」
 そう言って、永泉も微笑む。
「明日、泰明さんにお礼を言いに行かなきゃ・・・」
「泰明殿に?」
 永泉は不思議そうに、聞き返す。
「相談に乗ってもらっちゃったから」
「私も、泰明殿にお礼を言わなくては・・・」
 永泉はそう言ってあかねの手を握る。あかねも、その手を握り返す。
「明日、一緒に行きましょうか?」
「そうだね。でも、その前に・・・」
 そう言って、あかねは永泉に口付けをねだる。永泉は、少し照れくさそうに耳まで真っ赤にし
ながら、あかねに口付けた。



                                           終
吉井マコ様から頂いたリクエスト、永×あかねラブラブです。泰明さんも出してみました。私、玄武の二人が好きなん
で、八葉の任務が終わった後も、二人には何でも話せるような良い友人でいて欲しいなー。