我が恋ひ止まむ


「綺麗ですね、この紫陽花」
 あかねが紫陽花に触れながら、鷹通を振り返る。
「亡くなった母も喜んでいると思います。この紫陽花は、母が丹精込めて育てていたものですか
ら・・・」
 鷹通は、そう言って微笑んだ。
「そうなんですか。こんなに素敵な紫陽花を育ててらっしゃったお母様は、とても優しい方だった
んでしょうね」
「そうですね。私とは血の繋がりはありませんでしたが、実の子供のように、時には厳しく、時に
は暖かく私を育ててくれました。母が生きている間に母に親孝行をしたかったのですが、出来
ませんでした・・・」
 鷹通は、表情を曇らせる。
「鷹通さんが、そうやってお母さんのことを思っていることが、何よりの親孝行なんじゃないか
な?」
 あかねは、そう言って微笑んだ。
「ありがとうございます、神子殿」
 鷹通は、優しく微笑み、あかねを見る。
「私も、あっちに帰ったら、親孝行しなくちゃ」
「・・・。そうですね。神子殿、あちらに旅立つ日は決まったのですか?」
 鷹通は努めて笑顔で尋ねた。
「うん。明日、帰る事になったんだ」
 あかねは笑顔で答える。
「明日・・・。それで、あの方も一緒に行かれるんですか・・・?」
「うん・・・。私の世界で私と一緒に生きて行きたいって、言ってくれたんです・・・」 少し照れくさ
そうに、しかし、喜びを隠せないと言った表情で、あかねが言った。
 鷹通の心が小さく軋んだ。
「そうですか・・・。それは、良かったですね」
 しかし、それを悟られまいとするように、鷹通は微笑む。
「・・・うん。それでね、私、こっちの世界に来てから、この世界をゆっくり見る余裕が全然無かっ
たし、こうやってゆっくり出来るのも今日で最後だから、いろんな景色を心に焼き付けようと思
って・・・。八葉のみんなにも、お別れを言って置こうと思ってみんなのおうちに伺ってるんです。
鷹通さんには色々相談に乗ってもらったりして、今までありがとうございました」
 あかねが、頭を下げる。
「いえ、私のほうこそ・・・。神子殿には恥ずかしいところばかりお見せして・・・」
 鷹通も、頭を下げた。
「こうして、京の世界を見ていると、何だか不思議な気持ちですね。明日には、この地を離れ
て、私はもう二度と来れないんですよね・・・。でも、この綺麗な町を守ることが出来て、本当に
良かった」
 そう言ってあかねが微笑み、鷹通も微笑む。
「あっ」
 突然の夕立が二人を襲った。
「神子殿、こちらへ・・・」
 鷹通はそう言って、あかねを軒下へと連れて行く。
「通り雨ですね・・・。しばらくこうしていれば、すぐに雨も止むでしょう・・・」
 そう言って鷹通は、雨に濡れたあかねをじっと見つめる。
「? どうしたの? 鷹通さん」
 あかねが不思議そうに尋ねた。
「いえ。何でもありません・・・」
 本当は、このままずっと雨が降り付ければいいと思った。あかねが元の世界に帰れないよう
に、ここから、離れることが出来ないように・・・。
 しかし、鷹通のそんな願いは天には通じなかった。
「あっ、止んだみたいですよ。やっぱり通り雨だったみたいですね」
 そう言って、あかねが空を見る。
「そろそろ、帰りますね。あんまり遅くなっちゃうと、心配かけちゃうから・・・。それじゃ、お元気
で」
 あかねは、そう言うと軒下から飛び出し、走り出した。鷹通は、その腕を捕まえようと手を伸
ばしたが、止めた。
 あの日、蛍が舞う夜、自分で言ったのだ。今夜のことは忘れてくれと・・・。
 だから、自分には、神子殿を追う権利は無い・・・。
 鷹通は、先ほどあかねが触れた紫陽花に手を伸ばし、力いっぱい抱きしめる。
 あかねをこうして抱きしめることがてきない代わりに、せめて、あかねが触れた紫陽花からあ
かねの温もりを感じ取ろうと・・・。
 しかし、紫陽花から伝わってくるのは、先ほど降った夕立の冷たさだけだった・・・。


                           終わり


えーと、リクエスト内容が、うさすけ様が好きそうなキャラで、キーワード=紫陽花。シチュエーション=夕暮れ時の雨で
切ない話ってことだったんで、こんな話にしてみました。本当は、紫陽花を引きちぎってしまう鷹通とか書きたかった
んだけど(これは、今度やる)、あんまりにもあんまりなんでやめました。かなり、神憑り的に書いたこの話。突発的に
徹夜で書いちゃったので、怪しいところあるかも・・・。ちなみにタイトルは、万葉集の和歌から頂きました。