ただそれだけで
「うーん。やっぱり上手く書けない・・・」
 あかねがしかめっ面で、自分の目の前の紙を取るとクシャクシャに丸めて投げた。そして、再
び自分の目の前の白銀色の紙とにらめっこする。
「何がうまく行かないんだい?」
 後ろから降って来る愛しい男の声にあかねは慌てて文箱を片付ける。
「なっ、何でも無いです」
 そう言って、あかねは作り笑いをする。
「ふぅん・・・? 隠し事かい? まあ、いいだろう。あまり詮索するのもね・・・。ところで、今日は時
間はあるかな?」
 友雅は、あかねの気持ちを配慮したのか、あまり詮索をせず話題を変える。
「えっ。あ、はい。大丈夫ですけど・・・」
「それじゃあ、随心院へ行かないか?」
「随心院ですか?」
 あかねがビックリしたように聞き返す。
「嫌かい?」
「行きます。ちょっと待っててください」
「じゃあ、外で待ってるよ」
 友雅はそう言うと、部屋を後にした。
「ふぅ・・・。危なかった。友雅さんには、内緒だしね。でも、見られちゃったかなー?」
 あかねは、そう呟くと、先ほど慌てて隠した文箱をきちんと片付け、部屋を後にした。
「ここは、いつ来ても綺麗ですね」
 綺麗に咲き誇っている花々を見ながらあかねが微笑む。
「そうだね。しかし、私の目の前にいる花にはかなわないが・・・」
 友雅はそう言うと、微笑みながらあかねを見つめる。
「もうっ、冗談ばっかり・・・」
 あかねはそう言って、顔を赤くする。
「昔、君をここに連れてきたとき、百夜通いの話をしたね。覚えているかい?」
「はい・・・」
「あの時、君に、"友雅さんだったら、百夜通いますか?"って聞かれたとき、そもそも百夜通うか
どうか・・・と答えたね・・・」
「そうでしたね」
 あかねがその日のことを懐かしむように頷く。
「あの時は、ああ答えたが、今なら言えるよ。私は、君のためなら百夜だろうと、千夜だろうと通
うってね・・・」
 友雅はそう言って微笑み、あかねの耳元に顔を寄せる。
「友雅さん・・・」
「だから、君からの文を百日だって千日だって待つから、君に納得の行くものが書けた日が来
たら・・・、私に文を送ってくれるね?」
 そう小さな声で囁き、あかねの頬にそっと口付けた。
「友雅さんっ、気付いてたんですか?」
 あかねは真っ赤な顔で友雅が口付けた頬に触れ、ビックリしたように言う。
「ふふっ・・・。君が毎日、この文塚に通っているのも、毎日、文の練習をしているのも知ってい
たよ・・・」
 友雅はそう言って、微笑む。
「恥ずかしいっ!!」
 あかねが顔を覆う。
「君が素敵な文を私に送ってくれる日を楽しみに待っているよ・・・。私としては、君が私に送っ
てくれる文ならどんなものでも嬉しいんだがね・・・。それじゃあ、帰ろうか?」「はい」
 友雅は、あかねの手を取る。とても大きく頼もしい手を握りながら、あかねは明日は友雅に文
を出そうと考えていた。たった一言、「好きです」と。
 そんな文でも、友雅さんは喜んでくれるかな? そんな思いで、友雅を見上げると、友雅はとて
も優しい顔で微笑んだ・・・。 
終わり

 非時香菓みかんさんのリクエスト友×あか甘々です。京バージョンのほうがお好きだということで、京バージョンを
書かせていただきました。私は、毎回、書いた後に思うんですが、キチンと甘々になってるんでしょうか・・・? かなり
不安・・・。現代女子高生のあかねにとって、友雅のために和歌を書くのは、結構大変なんじゃないかなーと思いまし
て、こんなのをテーマにしてみました。