私の師匠

 
「こうして、みんなでドライブ出来る日が来るとは思いませんでしたねー」
 そう言って、ハンドルを握るルヴァは、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。日頃の執務で、なかなか時間をとることは叶いませんでしたから・・・」
 そう言って、助手席のリュミエールが、本当に嬉しそうに頷く。
「クラヴィス様もご一緒してくださるとは思いませんでしたし・・・」
「・・・」
 リュミエールのその言葉に、クラヴィスは何も答えず、ただ外の景色を眺めている。
 その隣では、アンジェが助手席のリュミエールの髪を、出発時からずっとクンクンと嗅いでい
る。出発した頃はリュミエールも、この異様な愛情表現に悲しみの涙を流していたが、慣れと言
うものは恐ろしいもので、今では、嗅がれていることすら忘れてしまっていた・・・。
「でも、僕も本当に来ちゃって良かったんですか?」
 先ほどから、自分がここにいるのは場違いなんじゃないかと考えていたマルセルが遠慮がち
に尋ねる。
「良いんですよー。マルセルは、一生懸命頑張ってるんですから、少しぐらい羽目を外さない
と・・・」
 ルヴァはにこやかに答えるが、マルセルの耳にその言葉は届いていない。
「ねぇ、アンジェ、どんぐりが落ちてるよ?」
 窓から顔を出していたマルセルが嬉しそうに言うのを聞いて、アンジェはクラヴィスの膝の上
に手をつき窓の外に顔を出す。
「あまり・・・身を乗り出すな・・・」
 クラヴィスは、眉間に皺を寄せ、呟いた。
 しかし、アンジェは、クラヴィスの言葉を無視し、もっと身を乗り出す。
「どんぐり食べたい・・・。どんぐりたーべーたーいー!! 食べなきゃ、死ぬ!! 多分死ぬ!! 死んだ
おじいちゃんが言ったの。あの時、どんぐりを食べていたなら、こんなに後悔ばかりの人生は
送らなかっただろう・・・って。おじいちゃんは、国籍を偽ったまま結婚して、言葉も上手く操れな
かったの・・・。私もきっと・・・そうなっちゃうんだ・・・。このまま死んだら、どんぐりに恨まれる!!
確実に死ぬ!! おじいちゃんが、私を呼んでる」
 アンジェは、クラヴィスの膝の上で訳の分からないことを言いながら駄々をこねる。
「ルヴァ・・・。車を止めろ・・・」
 アンジェの騒ぎっぷりに観念したように、クラヴィスが頼んだ。
 クラヴィスの言葉に、ルヴァが車を止めるとマルセルとアンジェは、勢いよく飛び出して行っ
た。
「二人とも、まだ子供なんですねぇ・・・」
 ルヴァがどんぐり拾いにはしゃぐ二人を見ながら、しみじみと呟く。
「そうですね・・・。アンジェもいろいろあって、休むことができませんでしたから・・・。こうして、は
しゃいでるところを見ると、彼女がまだ幼いということを思い出させられますね」
 リュミエールも笑顔で頷く。
「・・・」
 そう言って、実に楽しそうに二人を眺める脇で、クラヴィスは、アンジェをじっと見つめていた。

「そろそろ、行きますよー」
 ルヴァの呼びかけにアンジェとマルセルが振り向き、手を振り、大きな声で返事をする。
「すみません、お待たせして・・・」
 そう言って、微笑むアンジェの手には、抱えきれないほどのどんぐりらしきものが一つ・・・。
「こんなことを聞くのはおかしいかも知れぬが、お前が持っているものは何だ?」
 クラヴィスのその言葉に、四人が首を傾げる。
「何って・・・。どんぐりですよ、クラヴィス様。初めてですか? どんぐり見るの・・・」
 マルセルが不思議そうに尋ねる。
「あ・・・ああ」
 こんなに大きいのは初めて見る。そもそも,コレは,どんぐりなのか? 両手で抱えきれない大
きさって、何なんだ? 
 そんなクラヴィスの疑問は、このメンツにおいては無意味なものだったらしい。
「ふふっ。クラヴィス様でも知らないことってあるんですね!!」
 アンジェは嬉しそうに笑うと車に乗り込む。それに続いて、クラヴィスも車に乗り込んだ。
 しかし、常識はずれな大きさのどんぐりのせいか、車が酷くきつく感じられた。
「うーん。何処から食べようかなー?」
 アンジェは、手に抱えた巨大などんぐりを角度を変えながら眺めている。
 食べると言っていたのは、どうやら本気だったらしい。
「コレは、ゼフェルの分でしょ。コレはランディの分。コレは、メルにあげてー」
 その隣で、マルセルはこのどんぐりは誰へのお土産といった振り分けをしている。
「やっぱり、頭から食うのが無難かなー」
 そう言うと、アンジェは大きく口を開けて、どんぐりをガツガツとかじり始めた。
「良く・・・噛んで食べろ・・・。あんまり急いで食べると、消化に悪いからな・・・」
 クラヴィスに言えるのは、それだけだった。


                          終

 不思議と、クラヴィス様の夢を見たあとは、仕送りが来たり、人生の岐路に立たされたりってことが多かったので、
心の中で師匠と呼んでいたりします。この匂いをクンクン嗅ぐというのは、実際、私が良くいやがらせ的にやったりす
ることなんで(苦笑)、日常って夢に大きく影響するんだなって思ったりしました。