片想い
  
 思えども験もなしと 知るものを なにかここだく 我が恋ひ渡る (万葉集)


 どうして、こんな人を好きになってしまったんだろう・・・。初めから、実るはず無い恋をすること
がどんなにつらいか、私だってわかっているのに・・・。


「神子様、友雅殿がいらっしゃいましたわ」
 藤姫が、あかねに伝えているその後ろから、友雅が顔を出す。
「やあ、神子殿。今日は、随分天気が良いから散策にでも行かないかと思ってね。誘いに来た
んだが、どうだろう? 姫君は、私の誘いに応じてくれるかな?」
「友雅殿!! 女性の部屋に・・・っ!」
 藤姫はそう言って、親子ほど年の違う友雅を見上げ、怒りを露わにする。
「藤姫、そんなに怒らないで。私は平気だから・・・」
「神子様は、お優しすぎます」
 そういって、藤姫は困った顔をする。
「おやおや、どうやら、藤姫を怒らせてしまったようだね・・・。どうしたら、許してもらえるだろう
か?」 
 友雅は、少し屈んで藤姫の顔を覗き込む。
 かなりの至近距離で見る友雅の顔に、藤姫が真っ赤になりながら、友雅を突き飛ばす。「怒
ってなどいませんわっ」
 下を向いていても、耳まで赤く染めているので藤姫の顔が赤いのは、わかりきったことだっ
た。
「やはり、ご機嫌を損ねてしまったようだね。今日は、大人しく帰るとするか・・・。それでは、姫
君たち。今度会うときは、素敵な笑顔を見せておくれ・・・」
 友雅はそう言って微笑み、去り際に藤姫の頭にポンッと触れた。
 藤姫は、思わず友雅が触れた場所に手を伸ばす。
「どうしたの? 藤姫。何かあったの?」
 藤姫のいつもと違った様子に、あかねは心配そうに尋ねた。
 
昨日、藤姫は見てしまったのだ。
 あかねの帰りが遅いのを心配して、外をずっと眺めていた時。あかねは、友雅とともに帰って
きた。 
 友雅は、とても愛しそうにあかねを見つめ、あかねもまた愛しそうに友雅を見上げていた。
 その時になって初めて気がついてしまった。本当は、気が付いてはいけなかった、自分の思
いに・・・。
 気が付いてはいたけれど、ずっと誰にも気付かれないよう隠し続け、自分でも間違いだと思
い込もうとしていた自分の気持ち。
 友雅を好きだという思いを。
 いろんな女性と浮名を流し、誰に対しても優しく、誰に対しても優しくないそんな男。いつも本
気で言っているのか冗談で言っているのか、わからないような言葉。
「藤姫は可愛いね・・・」
そう言って、微笑む友雅に
「またそんな冗談ばかり・・・」
 そう言って、全く相手にしていないような振りをするのが大変だった。本当は、友雅のその言
葉に、心密かに喜んでいた。自分の心が、
「この男に恋をしてはいけないよ・・・」
 そう、信号を発していることに気がつきながら、友雅への募る思いを止めることは出来なかっ
た。
 友雅の目が何を追っているのか、友雅の見ている世界を自分も覗いてみたいと、友雅の追う
ものを見つめているうちに気が付いてしまった。
 今までの女達との恋とも呼べないものとは比べものにならないぐらい、友雅が本当に大切に
この恋を育てているということに・・・。そして、その相手は、自分ではないと言う事に・・・。
「藤姫? 大丈夫? 具合悪いの?」
 先ほどから、じっと黙り込んでしまって考え込んでいた藤姫を心配するようにあかねが藤姫の
おでこに手を当てる。
「大丈夫ですわ、神子様」
 そう言って、藤姫は自分の額に当てられていたあかねの手を取る。
「ご心配おかけして、申し訳ありません・・・」
「ううん。大丈夫ならいいんだけど・・・。あんまり無理しないでね。藤姫は一人で考え込んじゃう
ことがあるから・・・。年の離れたお姉ちゃんみたいに、何でも相談してね」
 そう言って、あかねが微笑む。
「お姉様・・・」
「そう、お姉さま」
 藤姫は、嬉しそうに微笑むあかねを見つめる。
「私、友雅殿が好きなんです・・・・」
 そう言ったら、神子殿はどんな顔をするんだろう。「頑張って!!」と、私のこの思いを応援する
のかしら・・・。私に、友雅殿を譲ってくれるのかしら・・・。
 そんな考えが、藤姫の心の中を過ぎる。しかし、次の瞬間、藤姫の心に後悔の念が浮かぶ。
私は、一体、何てことを今、思ってしまったのだろう・・・。
「藤姫?」
 あかねが、再び心配そうに藤姫を呼ぶ。
「あっ、神子様。私、やはりあまり気分が優れないようなので、今日はこれで失礼いたしま
す・・・」
 藤姫は、あかねと目を合わさないでそう言うと、その場を立ち去ってしまった。


「藤姫。今日は、どうされたんだい? 何だか、様子がおかしかったから、気になってしまって
ね・・・」
 友雅が夜の闇に紛れてやって来た。
「何でも、ありませんわ・・・」
 藤姫は、御簾越しに友雅に答える。 
「そうかい? 私の気のせいだったか・・・」
 友雅は本当は、藤姫の言葉が偽りだということはわかっていた。しかし、敢えて、その偽りを
指摘しない。それが、藤姫の自分への思いに気付いてる友雅の誠意だった。気付いていても、
何も返すことが出来ない友雅の優しさだった・・・。
「気のせいですわ・・・」
 藤姫は、また嘘を重ねる。
「明日は、また、素敵な笑顔を見せておくれ、可愛い姫君・・・」
 友雅はそれだけ言うと、闇に紛れて月とともに姿を消してしまった。
「友雅殿・・・」
 藤姫は、愛しい男の名を闇の中、その背に縋るように想いを込めて呼ぶ。小さく掠れたその
声は、漆黒の闇の中、彼の人に届く事無く消えていった・・・。


                                                        
   終わり


 友×藤?です。でも、悲恋と言うか、結果的には友×あかになります。藤姫は、告白することも無く振られてしまうん
で・・・。原作の雰囲気自体、友×藤ですよね。て言うか、藤姫は友雅氏のこと好きだと思うよ、私は・・・。友雅氏にと
っての藤姫は、可愛い小さな姫君程度かもしれないけど・・・。私、結構、藤姫も好きなんです、実は。可愛いからね。