天の川

「神子様、女房が笹を持ってきましたわ」
 藤姫はそう言って、小さな笹をあかねに見せる。
「藤姫は、願い事は、もう決めたの?」
「ええ・・・」
 藤姫はにっこり微笑み頷く。
 「神子様は?」
「私も、もう書いたんだー」
 あかねは、そう言うと、いそいそと笹に短冊をくくりつける。
 「私の世界ではね、こうやって願い事を書いた短冊を笹にくくりつけて・・・、彦星と織姫に願い
事を叶えてもらうの」
「そうなんですの?」
「一年に一度だけ会えるその日だから、本人達にとっては、他人の願い事なんて聞いてる余裕
無いだろうけど・・・」
 あかねはそう言って、笑った。
「神子様ったら」
 藤姫もそれにつられて笑う。
「それにしても、永泉さんと一緒に星が見たかったなー」
 あかねが心底ガッカリしたように呟く。
「仕方ありませんわ。永泉様は、帝の弟君ですから・・・」
 藤姫は、そう言ってあかねを慰める。
「うーん。それはわかってるんだけど。だけどね、頭ではわかってても、やっぱり一緒に過ごし
たかったなーと思って」
「神子様は、いつでも永泉様に会えるじゃありませんか。今夜しか逢えない二人に比べたら、
贅沢ですわ」
 そう言って、藤姫は微笑む。
「それもそうだね。うん。二人に比べたら、まだマシだよね」
 あかねはそう言って微笑んだ。
「神子様、それでは、ここに飾っておきますね」
 藤姫はそう言うと、笹を外に出す。
「今日は、天気がいいから二人もゆっくり会えるよね」
「そうですわね。それでは、神子様。あまり遅くならないうちにお休みくださいませね」
 藤姫はそう言うと、あかねの部屋を後にした。
「うわぁー。本当、綺麗。永泉さんと一緒に眺めたら、もっと綺麗だったのになー」
 あかねはねぼんやり星空を眺めながら呟く。
 その時、どこからとも無くあの笛の音が聞こえてきた。
「永泉さんだ・・・。永泉さんって言ったら、やっぱりあそこだよね。行ってみよう」
 あかねは、誰にも見つからないように屋敷を出ると、音羽の滝へと向かった。

「永泉さんっ」
「神子・・・」
 まさか来るとは思っていなかったあかねが来たことに、驚きつつも嬉しそうな顔で永泉があか
ねを見る。
「用事のほうは終わったんですか?」
「ええ。それで、ここで笛を吹いていたのです。あなたのことを思って・・・。あなたの元に、この
笛の音が届くようにと祈りながら吹いていたのですが、私の思いが届いたのですね・・・」
 永泉は、そう言って微笑む。
 それにつられるようにあかねも微笑む。
「永泉さんは、お願い事どうしたんですか?」
 あかねは、空を仰ぎながら尋ねる。
「私は、皆様が平穏に暮らせるようにと・・・。神子は何をお願いしたのですか?」
「私? 私は、秘密」
 あかねはそう言って頬を赤く染める。
「ねえ、永泉さん。織姫と彦星は、一年に一回しか会えないの、寂しくないのかな?」
 空に流れる天の川を見上げ、あかねが呟く。
「寂しくないと言ったら、嘘になるでしょう・・・。でも、やっと会えたその時には、お互いの思いの
強さを感じるのではないでしょうか・・・?」
 そう言って、永泉があかねを見つめる。
「でも、私だったら、やっぱり毎日一緒にいたいな・・・。だって、毎日会ってないと、思いが募り
過ぎちゃって、死んじゃう・・・。そう思いません?」
 あかねは永泉を振り返り、尋ねる。
 永泉は、少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、しかし、嬉しそうに微笑み言った。
「そうですね・・・。私もあなたに一年に一度しか会えなくなると考えると・・・辛いです」
 あかねは、永泉の言葉に頬を赤らめる。
「神子・・・。あの、私と・・・」
「あのね、永泉さん・・・」
 永泉の言葉をあかねが遮る。
 「もう、私のこと、神子って呼ぶの、やめにしませんか? これからは、あかねって呼んでくださ
い」 
「あかね・・・さん?」
「はい。何ですか、永泉さん?」
「来年もこのように一緒にいられたらいいですね一緒に」
 永泉は、あかねの手をギュッと握る。
「そうですね」
 あかねは、今まで見た中で一番温かく美しい笑顔で返事をする。
 そんなあかねに気恥ずかしそうに微笑む永泉を、あかねは慈しむ様に見つめる。
 あかねは、永泉の指に自分の指を絡める。
「あかねさん?」
「永泉さん、、黙って・・・」
 あかねはそう言うと、そっと永泉の唇に自分の唇を重ねた。

 二人の恋を祝福するように風が笹をそっと揺らして小さな音楽を奏でた・・・。

               
                       終わり

 七夕ですね。ですが、私の地方は雨が降っています。残念。昔、何かで自分たちの秘密のデートをみんなに見られ
まいとして、雨を降らせるといった内容を聞いたことがあったな・・・。