「胎 後編」

悲鳴も上がらず、血飛沫も上がらず―――手応えすらない。
 一太刀一太刀に空虚さが募り―――彼は剣を振り下ろす、その無意味な行為を止めた。

「何故―――?
何故だ? 何故―――消えぬ?」

 絞り出す様に言葉を吐く。その音はひどく悲痛だった。
 それに呼応するように、幼い彼は顔を上げ、こちらに顔を向けた。しかし、その視線は彼を通
り越したずっと奥の闇へ焦点を結ぶ。全ての神経を研ぎ澄まし、ただ一点に集中して見つめて
いた。
 すると―――突然、涙に濡れたその無垢な顔を綻ばせ、幼い彼は走り出した。
「! 
待て―――!!」

 思わずその後を追う。

  大人の脚で子供の脚を追い掛けるのに、捕えるどころか距離を縮めることすら出来ない。
  唐突に幼い彼は脚を止め、頭上の空(くう)へとその手を差し伸ばした。
 すると、その空から白いたおやかな腕が、続いてそれを有する全体が姿を現し、幼い彼を抱
き締めた。

「お前は―――?」

 そう言ってまじまじと眺める。
 ふわりと甘い香が漂った。
幼い彼を抱き締める腕、彼を包み込む甘い香―――それらの主は一人の少女だった。
 全く見知らぬ顔であった。けれど―――どこか懐かしい。
 少女の視線が此方を見る。澄んだ、凛とした、意志の強い瞳―――神々しいばかりの、まさ
に神気を身に纏うた少女。それは―――。

「お……まえは―――」

 彼に向けて彼女は微笑む。その腕に抱かれた幼子は安らかな寝息を立て、幸福な顔をして
いた。

「私は光であり闇。陽であり陰。創造(ハジメ)であり破壊(オワリ)。白であり黒―――相反する
両極を統べる者―――」

 彼女の手が彼へと差し延べられる。
「貴方が光を求めるなら、私は貴方を照らす者になる。貴方が闇へ向かうなら、私は見えぬ影
となり貴方を安らがせる―――貴方は独りじゃない。私が常に側に在るわ」

 土に水が染み込む様に、彼女の言葉は彼の中に取り込まれた。
 彼の手にしっかり握られていた太刀はいつの間にか姿を消している。掴む拠り所を無くした
手は、新しい拠り所を求めるように、恐る恐る彼女の手へと伸び―――手と手が触れ、結び付
く。
 途端、仮面が外れた。
 露になった彼の瞳から一滴の涙が流れ、彼を取り巻いていた硬く冷たい闇が、柔らかく温か
い闇へ変化した。
今なら判る。己が如何に脆弱で稀薄で孤独で在るかを―――そしてそれがどんなに彼を絶望
させていたかを―――。
 気付くと、彼女の腕に抱かれているのは彼自身だった。仮面が無いためか、耳に彼女の生
命の鼓動が心地良く響き、まどろみを覚える。初めての安らぎが訪れた。
 彼は胎(ヤミ)に包まれて眠る嬰児であった。


 どれ程時が経ったのか。
 彼は独りそこに存在した。他には何者も存在せず、彼は独りだった。在るのはただ闇ばかり
である。

「―――……鬼ヨ」

 突然、頭に声が―――というより思念の塊が反響した。
それは一方的に続く。

「―――汝ガ存在ヲ保ッテヤロウ。ソノ代償トシテ汝ガ『力』、我等ニ渡スガヨイ。京ニ創生ヲモ
タラス為ノ、京ニ破壊ヲモタラス『力』ヲ―――我等ガ世界ヲ動カス『力』ヲ―――」

 それきり何も響きはしなかった。
 ふ、と鼻で彼は笑う。

「お前等の指図など受けぬ。
力を使うべきは我也―――。
神子を得るのは我也―――」

 闇の、更に深淵へと歩を進め出す。
  行く先に迷いは無い。見えずとも感じる。彼の辿り着く場にはきっと彼女がいる。
 ―――目覚めよ、神子。その手に力を掴め。私に捧げるために。
 ……私の絶望を崩す為に―――。


                              《終》

私は、2の方をやってないんで、2の内容に関しては皆無なんですが、すっげーアクラムチックっ
て思ってしまった。ゆくいさんのように、素敵な文書きになりたいものです。精進せねば・・・。