巡り逢えたら<第二部 真夏の果実(一)>



かくばかり 恋ひむものそと 知らませば 
        遠くそ見べく あらましものを

 それは、遠い約束。
「ねえ、大きくなったら、私のこと、お前の妻にしてくれる?」
 この大きな屋敷の幼い姫はそう言って、彼を見る。
「はい、もちろん」
 彼は、そんなことが決して叶うはずが無いとわかっていながら、笑顔で優しい嘘をついた。
「私、お前が一番好きよ。お母様よりも、お父様よりも・・・」
 そう言って、少女は微笑む。
 そんな少女に、彼もこの上なく優しい笑顔を見せるのだった。

 時が過ぎ、少女は美しい姫になっていた。そして、彼は、この家の下男となっていた。「ねえ、
桜を見に行きたいわ。連れて行って」
 そういって、美しい姫は彼を呼ぶ。
「すみません。まだ仕事中なので・・・」
 彼はそう言って、頭を下げ、また黙々と仕事を続ける。
「ちょっとぐらい、いいじゃない」
 そう言って、姫は頬を膨らませる。
 彼は、そんな姫を可愛いと思うが、決して言葉にはしない。
  幼い頃のように、気休めにもう嘘をつくことが出来ないとわかっていたから。
 彼女を好きだと言ってしまったら、彼女を不幸にしてしまうし、それは決して言ってはならない
禁句だということを彼は幼い頃以上に理解していた。
「お前、何だか冷たくなったわね」
 姫はまだ、むすっとした顔のまま呟く。
「そうですか? 私は、昔から何一つ変わりませんが・・・」
「ううん。お前は変わったわ。小さい頃だったら、私が桜を見たいと言ったら、すぐ連れて行って
くれたもの」
 そう言って、彼女は彼を恨めしそうに見る。
「姫も、もう大人になったのですから、物事の分別はつけませんと・・・」
 彼は、額の汗を拭いながら彼女を見る。
 やっとこちらを向いた視線に、彼女は一瞬嬉しそうに微笑んだが、すぐに悲しい顔になった。
「変わってしまうことが大人になるということなら、私、大人になんてならなくていいわ」
 彼女はポツリと呟く。
「そうは言っても、いつかは大人にならなければならないのですよ・・・」
 彼は困ったように彼女を見た。彼女は、相変わらず悲しそうなままだった。
 彼は、休み無く動かしていた手を止める。
「仕方ありませんね。大臣様に許可を頂いてからですからね。少しだけですよ。」
 彼のその言葉に彼女はすぐに上機嫌になった。
「父上に聞いてくるっ」
 そう言うと、満面の笑みで駆け出した。
                      
                            続く