巡り逢えたら<第二部 真夏の果実(三)>

 その日もいつものように、彼女が言った。
「私が大人になったら、お前の妻にしてくれる?」
 幼い彼は、彼女のその言葉に嬉しそうに頷いた。彼も彼女が好きだったから。
 しかし、嬉しさにそのことを母親に話した時、母は困ったように彼を見てこう言った。
「いいかい。良く聞くんだよ。子供のお前に今、言ったところで、どこまで理解できるか判らない
が・・・。お前と姫様は、住む世界が違うんだ・・・。いつかお前が大人になった時、お前もそれを
わかる日が来ると思う。姫様は、将来、身分の高い方と結婚して、世継ぎを生まなければなら
ない・・・。お前は姫様とは結婚できないんだよ・・・」
 そう言って、母親は申し訳無さそうに彼の頭を撫でた。
「母さん・・・」
「すまないね。ウチなんかに生まれてきちまったばかりに・・・」
 そう言って、母親が彼を強く抱き締めるから、幼いながらに何となく理解していた。
 自分は、彼女と結婚することは叶わないのだと。そんな願いも、決して口に出してはならない
のだと・・・。
 それから、彼女が「結婚してね」と、微笑みながら言うのを見るたびに、苦い思いを抱きなが
ら、彼は静かに微笑み嘘をついた。「ええ、もちろん・・・」と。

「ねえ、お前、覚えてる? 私が大人になったら、お前の妻にしてねって言ったこと・・・」
 彼女は、少し照れくさそうにそっぽを向いて彼に尋ねる。
「さあ・・・」
 彼はそっけ無く答える。
「忘れたの? 酷いわ」
 彼女は頬を膨らませ、大きな瞳で彼を見た。
「そんなこともありましたね・・・」
 彼女の大きな瞳に、真実を見透かされるような気持ちになった彼は、困ったように瞳を逸ら
す。
「今でも私、そう思っているのよ・・・。お前のお嫁さんになりたいって・・・。お前は? あの頃、お
前、私に約束してくれたわよね? 私のこと、お嫁さんにしてくれるって。それは、今でも変わらな
い?」
 彼女は、そう言って彼から視線を外そうとしない。
「・・・・・・」
 彼は何も答えなかった。いや、何も答えられなかった。こんな時に、幼い頃気休めについた
嘘の仕返しが来るとは思わなかった。いや、嘘とは言い切れないのかもしれない。
 確かにあの時、彼は彼女と結婚したいと願っていたのだから。
「どうして何も答えてくれないの?」
 彼女は今にも泣き出しそうな顔で彼を見る。
「・・・・・・」
 彼は、彼女を抱き締めたいと思った。
 自分なんかのせいで、そんな顔をしないで欲しいと・・・。
 しかし、出来なかった。彼の中に残る、ほんの一握りの理性が彼にそれをさせなかった。
「私・・・。結婚させられるわ。会った事も無い知らない男と・・・。父上が目にかけている男なん
ですって。その人と結婚すれば、私は幸せになれるって、父上が言うの・・・。お前は、どう思
う?」
 彼女は、消え入りそうな声で彼に尋ねる。

                           続く