巡り逢えたら<第二部 真夏の果実(四)>


 彼女のその言葉に、彼は何も答えてやることは出来なかった。
 大臣が彼女とその男の結婚を望んでいることを知っていた。それが彼女のためなのだ・・・
と、大臣に言われていた。
 たとえ、彼女が何と言おうと、彼女の思いは受け入れないでくれと。
 幼い頃から世話になっていた主人の、初めての頼みだった。
 彼は知っていた・・・。大臣がどれほどまでに彼女の幸せを望んでいるか。
 自分が、彼女を幸せに出来るとは言えない。彼にあるのは、彼女を愛していると言う気持ち
だけ・・・。それ以外に、彼は何も持ち得ていなかった。
 自分と彼女が結婚したところで、誰も祝福してはくれない。それどころか、二人ともきっとここ
にはいられなくなるだろう・・・。
 そんな辛い思いをさせるくらいならば、彼女の幸せを願うならば、自分の心に嘘をついてで
も、彼はこう答えるしかなかった。
「あの方は、とても心の優しいお方です・・・。きっと、姫様を幸せにしてくれるでしょう・・・」
 「そう・・・」
 彼女は、悲しそうに彼を見ると、そう言った。
「やっぱり、変わらないままでなんていられないのね・・・」
 彼女はそういって悲しそうに微笑むと、スッと立ち上がる。
「帰ろうか? 帰ろう」
 彼はそう言う彼女を見るが、夕焼けで彼女がどんな顔をしているのかはわからなかった。
「今日は、ありがとう・・・」
 彼女はそう言い残すと、屋敷へと入っていった。
 
 それから、彼女の結婚話は、どんどん進んで行った。それまでは渋っていた彼女が、急に結
婚を承諾したので、大臣は彼女の気が変わらないうちにと、急いだためだった。
「お前には、とても感謝している。ありがとう」
 そう言って、大臣が彼に頭を下げる。
「いえ・・・」
 彼は言葉少なに答え、頭を下げる。
 彼は、心に決めていた。彼女が結婚したなら、自分はこの屋敷を出ようと・・・。
「姫様の婚儀が無事済みましたら、誠に勝手ながら・・・」
 彼のその言葉に大臣は頷く。
「ああ・・・。みなまで言うな。わかっておる。わしの知り合いに話はつけてある。そこで働くと良
い。ここからは、遠く離れてしまうが・・・」
「いえ、私には、そのほうが良いのです・・・」
「お前には、辛いことをさせたと思っておる。すまない」
 大臣は本当に申し訳ないといった顔で、彼を見る。
 彼は、そんな大臣に微笑みかけた。
「これで、いいのですよ・・・」
 二人のその話を、彼女は物陰から、声を押し殺し泣きながら聞いていた・・・。



                                     続く