巡り逢えたら <第三部 君をさがしてた(一)>

 いにしへの 神の時より 会ひけらし 
         今の心も 常忘らえず

「深水・・・。この池には悲しい言い伝えがあるのだ」
 そう言って、兄は、池を指差す。
「昔、身分の低い男に恋をした姫君が、叶わぬ思いを嘆いて、この池に身を投げたそうだ・・・。
だから、ここは少し物悲しく見えるのかも知れぬな・・・」
 兄のその言葉に、彼も池を見つめる。
「そんな話が・・・」
「身分など関係ない時代がいつかは来るのだろうか・・・。そうすれば、私とお前もそんなことを
気にすることもなく、もっといろんな地に行けるのだがな・・・」
 兄は悲しそうに彼を見た。二人が東宮候補ということで、周りの大人たちは二人が仲が良い
コトを良しとしない。
「そうですね、兄上・・・」
 彼もまた悲しそうな顔をする。
「深水、お前はこの池に身を投げた姫のことをどう思う?」
「私は、それほどまでに誰かを思ったその姫君の思い・・・、私は美しいと思います」
「やはり、お前はそう答えるのだな・・・」
 兄は彼の答えに頷く。
「いつか、お前にもそこまで大切な何かが出来ると良いのだが・・・。お前は、全てに対して譲っ
てしまうところがあるから。本当に欲しいものが出来た時は、誰に反対されようと、手に入れる
努力をするのだぞ・・・」
 兄はそう言うと、彼の頭を撫でる。
 彼は、兄のその言葉に遠慮がちに頷いた。


 月日が流れ、深水と呼ばれていた彼は出家し、永泉と呼ばれるようになっていた。そして彼
の兄は、この京を守る帝となった。
 自分が帝になるよりも、兄が帝になったほうがいいと考えた彼は、出家という道を選び、深水
と呼ばれることはなくなっていた。
 出家してからも、永泉は時折この深泥ヶ池に来ては笛を奏でていた。この池に身を投げたと
いう姫君の慰みにでもなればと・・・。
 しかし、本当はなぜか自然とこの地に足が向いてしまっていたということも、この地にきている
理由であった。
 自分は、この姫君のよう、何者にも変えがたい、そんなものを手に入れることが出来るのだ
ろうか・・・。出家した身でありながら、彼は、何かを欲していた。
 何を欲しているのか、それは彼にわからない。しかし、彼さえも知らない心の奥底で、彼は確
かに何かを欲している。そう、生まれた時からずっと・・・。
「私が欲しているものは、一体なんなのでしょう・・・」
 その答えを求めるかのように、彼はこの深泥ヶ池に通っていた。



  続く