ホントの気持ち

「永泉さん、大丈夫? 疲れてるんじゃない? 無理しないほうが・・・」
 あかねは、顔色のあまり良く無い永泉を気遣うように言った。
「いいえ・・・。大丈夫です。あかね殿・・・。気になさらないで下さい」
 永泉は、そう言ってあかねに微笑むが、永泉の笑顔に覇気は無い。
 出家をしていた身であった永泉だが、あかねがこの地に残り、永泉とともに生きていく決意を
したことで、永泉は還俗することにした。
 永泉の場合、帝の弟ということもあって還俗してから、ここ数週間、忙しい日々が続き、慣れ
ない人付き合いにすっかり疲れきっているように見えた。
 しかし、そんなあかねに余計な心配をかけまいと、永泉は無理して微笑む日々が続いてた。
「このままじゃ、いつか倒れちゃうよ・・・」
 あかねは、眠る永泉を見つめながら、小さく呟く。
「何とかしなきゃ・・・」
 永泉の静かな寝息のする中、あかねは何か良い案はないかと考え続けた。

「お帰り、永泉さん」
「・・・あかね殿。すみません、こんなに遅くまで・・・」
 永泉は、遅くまで起きて待っていたあかねに申し訳無さそうに謝る。
「ううん。いいの。永泉さん、お水でも飲む?」
 あかねはそう言うと、永泉に水の入った器を渡す。
「ありがとうございます」
 永泉は、そう言って器を受け取るとコクッと水を飲んだ。
「あかね殿・・・? これは・・・」
 永泉は、何だか体が不思議とフワフワした様な感じになった。
「お酒です。こうでもしないと、永泉さん、休んでくれないでしょう?」
 あかねは、困ったように永泉に告げた。
 永泉が日々忙しいのは、帝の弟である彼に取り入ろうとする者たちの誘いを断りきれないと
ころから来ていたものだったから、少しぐらい休んだところで、特に問題は無かった。しかし、兄
に迷惑がかかってはいけないと、永泉は嫌な顔一つせず、その誘いを断ることを出来ずにい
た。
「・・・」
「永泉さん?」
 何も言葉を返してこない永泉に、不思議そうにあかねが呼びかける。
 しかし、永泉はじっとあかねを見たまま、何も言おうとはしなかった。
「もしかして、怒ってる?」
 あかねは、永泉にお酒を飲ませてしまったことで、永泉の怒りを買ってしまったのかと、恐る
恐る永泉の顔色を伺う。
 しかし、永泉は何も言わずただあかねをじっと見つめている。
「あっ、あたし、あっちの部屋に行ってるね」
 あかねがそう言って立とうとした瞬間、、永泉があかねの着物の裾を掴んだ。
「えっ?」
 あかねが振り返ると、永泉は何も言わず、ただじっとあかねを見つめていた。しかし、その瞳
は、涙で潤んでいた。
「どうしたの? 永泉さん・・・」
 あかねが不思議そうに永泉を見ると、永泉は、やっと口を開いた。
「神子・・・。私を一人にしないで・・・」
「・・・?」
 永泉のその言葉にあかねは、首を傾げる。
「どうしたの? 永泉さん」
「もう、一人は嫌なんです・・・」
 どうやら、先ほどのお酒で永泉はすっかり酔っ払ってしまったらしかった。
「どこにも行かないよ? 大丈夫だよ、永泉さん」
 あかねはそう言って、永泉に微笑む。
「本当に?」
 永泉が不安げにあかねを見上げる。あかねは、そんな永泉の前にしゃがみこみ、微笑んだ。
「本当に」
「絶対、どこにも行かないって約束してください・・・」
「絶対どこにも行きませんよ」
「元の世界に帰らないで・・・。神子がいないと、私はもう・・・」
「永泉さん、ほら、ここにいるでしょう? 私はどこにも行ったりしないですよ」
 あかねはそう言って、永泉を宥めるように抱き締めた。
「良かった・・・」
 永泉は、あかねの腕の中で幸せそうに微笑むと、安心しきったようにあかねの膝の上でその
まま眠ってしまった。
「永泉さんって、お酒弱かったんだ・・・」
 あかねは、安心しきった顔で寝息を立てている永泉を見つめながら呟いた。
「でも、永泉さんの気持ちが聞けて良かった。あんまり、そういうこと言ってくれないから・・・」
 そう言って、あかねは永泉の髪を撫でた。

「ん・・・っ」
 永泉が、うっすらと差し込む光に目を覚ますと、空が静かに夜明けを告げようとしていた。
「私は・・・」
 ぼんやりする頭で、永泉は昨日のことを思い返す。
「帰ってきて、あかね殿から水を・・・」
 そうして少しずつ思い出していくうちに、恥ずかしさで永泉は、顔を赤らめる。
「私は、一体なんてことを・・・。あかね殿にこんな・・・」
 そう言って、永泉があかねの膝から起き上がろうとしたとき、あかねが吐息を漏らす。「う・・・
んっ」
 あかねが目を覚ましてしまわないように、永泉は、そっとあかねの膝から体を起こそうとす
る。しかし、あかねの手はしっかりと永泉の手を握り締め、放そうとはしなかった。「どこにも・・・
行きませんよ・・・」
 あかねは、そう寝言を言い、とても優しく微笑んだ。
「あかね殿・・・」
 永泉は、起こしかけた体をまた元に戻し、あかねの膝にそっと頭を戻す。
 それに満足したように、あかねは永泉の髪を撫でる。
「まるで、私はあかね殿の子供のようですね・・・」 
 永泉は、そう呟いて苦笑する。永泉のその言葉を眠ったふりをして聞いていたあかねは、気
恥ずかしそうに微笑んだ。
「おやすみなさい、あかね・・・」
 照れくさそうに初めてあかねを呼び捨てにすると、永泉は再び目を閉じた。
 永泉が初めて自分の名を呼び捨てにしてくれたことに、あかねは嬉しさと気恥ずかしさで、頬
を真っ赤に染めずにはいられなかった・・・。

                               終わり
 嵐山たぬきさんのリクエストで、膝枕or腕枕だったんで、膝枕を取らせていただきました。膝枕・・・。私は「永泉さん
に膝枕してもらいたい」って言ったら、心の友にイヤラシイと言われた思い出があります・・・(笑)。
 膝枕とかは、自分でも書きたいテーマだったんですが、書いてみると、何だか恥ずかしいですね。もう、これ以上言
うことは無いです。はい。書き逃げする私をお許し下さい。