無いものねだり<三> 〜静流side〜


「ごめんなさい。泣くつもり無かったんだけど・・・。でも、まだ帰りたくない・・・。自分の中で、決
心が着くまでは、帰れない・・・。だから・・・、泰明さんは帰って。私は、一人で大丈夫だから。私
がいなくなって、そのうえ、泰明さんまでいないなんて、きっとみんな凄く心配していると思うか
ら・・・。私なら、元気だったから大丈夫だって伝えて。ねっ?」
 そう言って、あかねは泰明に微笑むが、泰明は立とうとはしなかった。
「泰明さん?」
 一向に動こうとしない泰明を不思議そうにあかねが見る。
「お前が帰らないのに帰る訳には行かない」
「それは、八葉として、龍神の神子が心配だから?」
 あかねは、地面をじっと見つめたまま、泰明に問いかけた。
「おまえ自身を心配しているからだ。八葉としてではなく、私個人として」
 あかねのその言葉に不愉快そうに泰明は言った。
「・・・」
「私は、お前が好きだから、ここまで追ってきた。他の者も、お前が龍神の神子で無くとも心配
している・・・」
「わかってる。本当はきちんとわかってる。みんなが私のこと、凄い気に掛けてくれてること。で
も、ダメなの。気持ちが、それに追いついていかないの。このまま帰っても、きっと同じことの繰
り返し。私は、何度もあの館から逃げ出してしまう。こんな気持ちのままじゃ、戦えない。」
「神子・・・。・・・しかたないな。それでは、納得の行くまで帰らなければいい。ただし、私もお前
といる」
 泰明は、何かを決意したようにあかねに告げる。
「ダメだよ、泰明さん帰らなくちゃ。みんな心配してる」
「大丈夫だ。式神を使う。私が、神子を一人にすることのほうが心配だ。鬼たちを倒して行って
いるとはいえ、アクラムもイクティダールもまだ残っている。やつらが、お前が1人のところを見
つけたら何をするかわからない」
 そう言って、泰明があかねの手をしっかりと握り締める。
「泰明さん・・・」
「ここでじっとしていては、鬼に見つかるやも知れぬ。どこか、過ごせる場所を探そう」「あ・・・
っ」
 そう言うと、泰明はあかねの手を引き歩き始めた。
 そうして、山の中を歩き続けて、だいぶ時間が過ぎた頃、二人は小さな庵を見つけた。「人の
気配は無いが、誰も住んでいないのか?」
 泰明は、用心深くその庵の中を見渡す。
「誰か、いるか?」
 泰明の問いかけに返事は無かった。


                   続く