恋ひ恋ひて<三>



 ―――三年後―――

 連なる山々の木々が、紅く色づき始めた頃、夕暮れの空と同じように紅く頬を染めたあかね
が恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに泰明に告げた。
「あのね、赤ちゃんが出来たみたいなの」
「赤ちゃん?」
 泰明が呟く。
「うん。泰明さんと私の子供。これから、もう一人家族が増えるんだよ」
「子供・・・?」
 泰明は驚愕の表情を浮かべたが、その直後、険しい顔つきに変わった。
「泰明さん?」
 泰明の表情に不安そうにあかねが呼びかける。
「・・・ダメだ・・・。・・・その子供、産んではならぬ」
 泰明は苦しそうにその言葉を継げる。
「・・・泰明さん・・・? どうして・・・? どうしてそんなこと言うの?」
 あかねは、泰明の真意がわからないと言った面持ちで泰明を見る。
「人ならぬ身の子供・・・。そのようなもの・・・、お前が産んではならないのだ・・・」
 泰明は、あかねの視線から逃げるように宙を見る。
「いや・・・。そんなの・・・嫌だよ!! あなたは人間だよ!! あの日、二度とそんなこと言わないって
約束したじゃない!!」
 あかねはそう言って、大きく首を振る。
「人ならぬ身の子供・・・。どんな異形の子が産まれるやわからぬ。ダメだ・・・」
 泰明はそう言うと、あかねに背を向けた。右手の小指に、痛みが走ったような気がした。
 あかねは、そんな泰明の背中をしばらく見つめていたが、静かにゆっくりと部屋を出て行って
しまった。
「お前が・・・、私の子など産んではならぬのだ・・・。あかね・・・!!」
 そう呟く泰明の頬には、一筋の涙が伝っていた。

「それで、あかね殿。あなたはどうなさりたいのかね?」
 晴明は、優しくあかねに問いかける。
「私は・・・、私は、産みたいと・・・思っています。泰明さんのこと、好きだから・・・」
 あかねは、そう言って自分のおなかを撫でる。
「しかし、あれが言うように異形の子が生まれるやも知れませぬぞ? それでも、構わないので
すか? 辛い目に遭うやも・・・」
 晴明は、そう言いながら、酒を一口飲む。
「構いません。泰明さんは、人間です。それに、どんな姿で産まれて来たって、私たちの子供に
変わりありません。私が、全力で守ります」
そう、晴明に言い切ったあかねの目には、一点の迷いも無かった。あかねの目は、母のそれ
であった。
「それを聞いて安心しました」
 晴明はとても嬉しそうに微笑んだ。
「あなたにあれを任せた私の判断は間違ってなかったようだ。あれの子を産んでやってくださ
い。あれはなかなか素直になれないところがある。今回のことも、本当は凄く嬉しいに違い無
い。ですが、あれの言った言葉も、あれの正直な気持ちでしょう。不安なのですよ・・・。あれに
とっては、初めてのことばかりですから」
「晴明様・・・」
「あれは、もう立派な人間だ。あなたがあれを人間にしてくれた。感謝しておりますよ。ありがと
う。あれを人間にしてくれて・・・。あれの子を、元気な子を産んでやってください」
 そう言うと、晴明は深々とあかねに頭を下げる。
「そんな・・・っ!! 晴明様っ!! 頭を上げてください・・・」
 あかねのその言葉に、晴明は、やっと顔を上げる。
「よろしくお願いします」
 晴明は、父のような顔で微笑む。
「でも、泰明さんが・・・」
「あれのことなら、私に任せてください」
 晴明はそう言うと、あかねを残し、家を出て行ってしまった。

「泰明、どうした? お前が悩むとは珍しい・・・」
「お師匠・・・。どうしてここに・・・?」
 不意に後ろから声を掛けられ、泰明は驚いて振り返る。
「私がここに来ては何かおかしいか?」
「いえ・・・。決してそういう訳では・・・」
「泰明。お前、子供が出来たそうだな・・・」
「どうしてそれを・・・!? ああ。そうか。お師匠のところに行ったのですね」
 泰明は、合点が言ったように呟く。
「泰明。お前、あの娘に自分は人間ではないから、自分の子を産むなと言ったそうだな?」
 泰明は、晴明のその言葉に無言のまま俯く。
「いいか、泰明。お前はもう、立派な人間だ。お前の中に愛しいという感情が芽生えた瞬間、お
前の封印は解けた。お前は、人間になったのだ・・・」
「しかし、お師匠・・・」
「自分の師匠の言葉を信じられぬか?」
 晴明はからかうように言った。
「・・・」
「あの娘、なかなか強い心を持っておるな。お前との子が異形の者だったとしても、守り切って
見せると言っておったぞ」
「・・・。私だって、子が出来たのは嬉しい・・・。ですが、私はいつ朽ち果てるかわからぬ身・・・。
私がもし、先に死んだ時、子供が異形の子であるという事実をあかねだけに背負わせるわけ
には・・・!!」
 そう言って泰明は拳を握り締める。
「のぅ、泰明。あの娘は、そんなに弱い人間なのだろうか? わしには、そうは見えなんだ
が・・・。泰明・・・。どのような子が産まれたとしても、お前達の子には変わりなかろう。どのよう
な子が産まれようとも、あの娘は変わらず愛し、慈しむ事が出来ると思うぞ・・・?」
「お師匠・・・」
「だから、泰明、お前も強くなれ。あの娘のように・・・」
 晴明はそう言うと、泰明の肩を叩いた。
「お師匠・・・。私は、自分のことばかりで・・・。ありがとうございます・・・」
 泰明は、晴明に深々と頭を下げる。
「礼はいいから、早く迎えに言ってやれ。私の家でお前の迎えを待っているだろうからな」
 泰明は、もう一度晴明に頭を下げると、晴明の家へと走っていった。
「全く・・・。手間のかかるやつだ・・・」
 そう言いながらも、晴明の顔には笑みが浮かんでいる。
「そうは言うが、手間のかかるやつほど可愛いのだろう?」
 晴明の頭上から、愉快そうな天狗の声が響いた。
「まあな・・・」
「お前も、とうとう孫が出来るのか・・・」
 天狗のその言葉に晴明はとても嬉しそうに微笑むのだった。

「あかねっ!!」
「泰明さんっ?!」
 あかねは、自分の名を呼ぶ声に驚いたように振り返る。
「すまなかった・・・。私の子を・・・、私とお前の子を産んではくれまいか?」
「泰明さん・・・。もちろんです・・・っ」
 あかねはそう言うと、泣き笑いの顔で泰明に抱きついた。泰明は、戸惑いながらもあかねの
背中にゆっくりと手を回し、強く抱き締める。
「ありがとう・・・」
 そう囁く泰明の声は、心なしか震えていた。

 ―――そして、庭の藤の花が満開に咲き誇る中、一人の娘が産声を上げた。
「ありがとう・・・。私に家族を与えてくれて・・・。ありがとう・・・。あかね・・・」
 あかねは、泰明のその言葉に微笑み、泰明の頬に触れた。
「泰明さん・・・」
 泰明の頬に、一筋の涙が流れた。

「ねぇ、泰明さん。いつか私が死んでも泣いたりしないで下さいね」
 美しく咲き誇る藤棚の下あかねは二人の娘、藤をその腕に抱きながら唐突に言った。
「何故、急にそんなことを言うのだ?」
 泰明は、怪訝な顔であかねを見る。
「ただ言ってみただけ。約束ですよ」
 あかねはそう言うと、無邪気な子供のような笑顔を見せる。
「・・・。ならば、おまえも私より先に死なないと約束しろ」
 そう言うと、泰明は、あかねに小指を立てて見せる。
「指切りですね」
 あかねはそう言って微笑むと、泰明の小指に自分の小指を絡める。
「ずっと一緒だぞ・・・」
 藤棚の下、泰明とあかねの唇が重なった。二人の間で、藤は嬉しそうに微笑んでいた。

「母上は、優しい方だったのですね。そんなことがあったなんて、知りませんでした」
 そう言うと、藤は楽しそうに微笑む。
「一生言わぬつもりだったが、京はお前の輿入れの日だからな・・・。お前も大人になったことだ
し、いつかは言おうとお前の母と言っていたからな・・・」
 そう言うと、泰明は、いつくしむように藤の髪を梳いてやる。
「父上、私の名が藤と言うのは、私が生まれたときに藤の花が咲いていたからなんですの?」
 藤は、真っ直ぐ前を見つめたまま、背後の父に尋ねる。
「それはな・・・」
「あなたが産まれた時、あなたの父上が好きな藤の花が満開だったのもあるけど、あなたの父
上と私を巡り会わせてくれた姫の名前からもらったのよ・・・」
 そう言って、先ほどから黙って話を聞いていたあかねが藤の隣に座る。
「母上・・・」
 藤が微笑んであかねを見る。
 昨夜から降り続いていた雨は上がり、空から差し込む太陽の光が三人を優しく見守るように
照らしていた。


                 終わり

 ええと、きっと、このサイト立ち上げ時に載せたこんな話なんぞ、忘れ去られていたような気がしますが、やっと終了
しました。ハッピーエンドです。基本的に好きなキャラはハッピーエンド主義なんで・・・。
 とりあえず、一話目を読んで、神子が死んでしまったと思っていた人がいたら、私的には成功なんですが・・・。誰
か、騙されてくれたでしょうか(笑)?
 今月は、泰明さんの誕生月なんで、何とか完成させたかったんで、完成出来て良かったです。結構自己満足度も
高い一品です(苦笑)。