神様のいたずら<前編>

 乙女の儚い夢だった。叶うはずも無い夢・・・。そう、思っていたのに・・・。

 神様は時に親切で、時に意地悪である。暇つぶしに人間の願いを叶え、忙しい時には、その
願いの言葉にすら、耳を傾けない・・・。

 泰明さんと、一つになりたい。それは、龍神の神子であるあかねの願いだった。泰明と身も心
も一つになれたなら・・・。
 その願いは、突然叶ってしまった。そう、本人が願っていない形で・・・。

 朝日が差し込み、あかねに朝が来たことを知らせる。
 しかし、まだまどろみの中にいるあかねは目覚めるのを拒んだ。しかし、起こしに来た女房に
よって、結局起きる羽目になってしまったのだが・・・。
 着替えを終えたあかねは、半分寝ぼけたまま厠を出て自室へと向かっていた。
「うーん、まだ眠いんだよねぇ・・・。でも、呪詛を探しに行かないといけないしなー。龍神の神子
が二人いれば良いんだけど・・・。でも、二人いたら、同じ人を好きになって、取り合いとかにな
っちゃうのかなー?」
 その頃、泰明は今日こそはあかねの散策の供をしようと鼻息も荒く、土御門邸へと向かって
いた。
「今日こそは、神子とともに散策に行かねば・・・。なぜかいつも詩紋か天真に先を越されてしま
うからな・・・。まあ、住んでいる館が同じだから仕方ないのかも知れぬが・・・。頼久に邪魔され
たこともあったな・・・」
 泰明はそんなことを思い出すと、急いで走り出した。

 その頃、あかねは、相変わらずぼんやりとしながら廊下を歩いていた。
「泰明さん、全然、お迎えに来てくれないなー。何となーく現代三人組で出かけちゃってるし、最
近・・・」
 
 そんなことをブツブツ言いながら歩いていたあかねは、前方から突進してくる泰明に気付か
ず、また、今日こそは意地でも供をしようと思っていた泰明は、前方からぼんやり歩いてくるあ
かねに気付かず・・・。
 二人は、激しく正面衝突することになってしまい・・・。脳がグワングワン揺さぶられる感覚とと
もに、二人は仲良く気を失った。

「お二人とも、大丈夫ですか?」
 心配そうな藤姫の声に、先に目を覚ましたのは泰明だった。
「問題ない・・・」
 泰明の言葉に、藤姫が不思議そうに首傾げる。
「どうかしたか?」
 泰明の言葉に、今度は藤姫は笑った。
「神子様、泰明殿の真似ですか?」
「私は、神子ではない!! 神子・・・? 真似・・・?」
 泰明は、藤姫のその言葉に怪訝そうな顔をする。そして、ゆっくりと、自分の体を見た。自分
の体・・・のはずなのに、着ている物が違う。体中をぺたぺたと触ると、無いはずのものがあ
る。
 一瞬、ついに壊れる時が来たか・・・と、泰明は思いを巡らせる。しかし、自分の隣に横たわ
る自分を見つけ、納得したように頷く。
「そうか・・・。そういうことか・・・」
 泰明は、そう呟くと、横たわっている自分の体を揺らす。
「起きろ・・・」
「うーん・・・。いたたたたっ」
 今度は、あかねが頭を押さえながら起き上がった。
 しかし、次の瞬間、とんでもない悲鳴を上げた。
「わっ、私がなんでここにいるの?」
 そう言ってあかねは泰明を指差す。
「こっ、これが世に言う幽体離脱ってヤツですか? はっ、初めての経験に、龍神の神子もさす
がに驚きを隠せない。おそるべしっ!! 龍神力!!」
 あかねは、ゾクゾクしながら言う。
「泰明殿?」
 あかねの言葉に藤姫が不思議そうに首を傾げる。
「神子、自分の体を良く見ろ。何か変わった事はないか?」
 自分の体に聞かれ、あかねは自分自身をよく見る。
「なっ、何だか、泰明さんにそっくりなんだな・・・」
 あかねが少し照れくさそうに呟く。
「そうではない。私と、お前の体が入れ替わってしまったようなんだ・・・」
 あかねの姿をした泰明にそう言われ、あかねは、なるほどと言った顔で頷く。
「うんうんうん。って、えっ?!」
 あかねの姿をした泰明は、思わず股間に手をやる。
「あー。ありました・・・。ハイ・・・」
 あかねのその仕草に、あかねの姿をした泰明が困ったようにあかねを見る。
「頼む。もう良いだろう。やめてくれ・・・」
 泰明のその言葉に慌ててあかねが手を放す。二人の先ほどからのやり取りに、いまいちつ
いて行けていない藤姫が困ったように二人をじっと見る。
「藤姫。私から説明しよう」
 あかねの姿をした泰明はそう言うと、ことの説明をし始めた。