愛しきやし

 わがこころ 焼くもわれなり 愛しきやし
  君に恋ふるも わがこころから

                 作者不詳(万葉集より)


「泰明さん、何か・・・怒ってます?」
 あかねが恐る恐る泰明の顔を見ながら尋ねる。
「怒ってなどいない。なんでそんな風に思うのだ?」
 泰明はそう言いながらも、明らかに表情は不愉快を満面に出していた。
「いえ、ただ何となく・・・」
 あかねは、泰明の昔のような口調にビクビクしながら泰明の様子を伺う。
「何となくで、私の機嫌をはかるな・・・」
 泰明はむっとしたままそう言うと、前を歩いて行ってしまう。
「泰明殿は、何がそんなに気に入らないんだろうねぇ?」
 供に散策をしていた友雅は、実に愉快そうに言った。友雅は、何故泰明が機嫌が悪いのか
はわかっていた。だが、それをあかねに教えるような無粋な真似はしないのが友雅である。
「別に気に入らないことは無い」
 泰明はそう言うが、明らかに不愉快な顔をしたままだし、その不愉快さは声でわかる。「こん
なに不愉快そうなのに、なんで嘘をつくのかねぇ? 嘘をつくのなら、もっと上手くつかない
と・・・」
 友雅は、少し屈んであかねの耳元で小さく囁いた。
「神子、こっちに来い」
 泰明はそう言うと友雅の隣を歩いていたあかねの腕を掴み、自分の隣を歩かせる。相変わ
らず、その表情は不愉快そうで、あかねは落ち込んでしまう。
「泰明殿、神子殿が怖がっているよ?」
 友雅が後ろから泰明に向かって、実に愉しそうに言った。
「うるさい。さっきからグダグダと・・・」
 うんざりしたように泰明は言った。
 自分が怒っているらしいことは、泰明自身が一番わかっていた。
 先ほど、あかねが友雅の心のかけらを見つけたとき、友雅のあかねを見つめる目は、彼女
に好意を寄せるそれへとなっていたのを泰明は見逃さなかった。
 今までは、他人のそんな感情の機微など気付きもしなかったのだが、自分があかねに恋とい
う感情を抱くようになってからは、彼女を見る八葉たちの目が、好意を持っているものだという
ことに気がついてしまった。
 神子は、優しい。私のような者のことまで理解してくれようとする優しい人だ。他の者たちが神
子にそういう感情を抱くのは、当然のことだ・・・。
 そう思いながらも何だかイライラして仕方ない。この気持ちは一体何と呼ぶのか・・・。最近、
感情と言うものを知った泰明には知る由も無かった。
 そして、泰明が嫉妬しているなど考えもしないあかねは、泰明の隣を歩きながら、泰明が何
故こんなに怒っているのか、どうすれば機嫌を直してくれるのかわからず、どうして良いかわか
らなかった。
 最初は、とても冷たかった泰明だったが、日々を重ねるうちに徐々に自分に心を開いてくれ
て・・・。この前は、自分に思いを伝えてくれて、嬉しかったのに・・・。自分の泰明への思いも伝
わったと思っていたのに・・・。
 何に起こっているのかわからないと、何の対処の仕様も無い。
 あかねは、今日一日の行動を振り返ってみる。
 今日は、金の気が不足しがちだったから、友雅を連れて将軍塚へ行き、友雅が好きだったと
言っていた河原院に行って・・・。運良く友雅の最後の心のかけらが入ったようだったが・・・。
 それから・・・。機嫌が悪くなってしまったような気が・・・する。しかし、何でだろう?
 結局あかねはそればかりが気になって、その後行った船岡山での力の具現化は一つも成功
出来なかった。
 
「それでは、神子殿、また誘ってくれたまえ」
 そう言うと、友雅は屋敷へと帰って行く。
「神子。それでは、私も帰る」
 泰明はそう言うと、あかねに背を向ける。あかねはね思わず手を伸ばし、泰明の着物の袖を
掴んでしまっていた。
「何だ?」
 それに気付いた泰明が怪訝そうな顔をして振り返る。
「泰明さん、何か怒ってるような気がしたから・・。でも、どうして泰明さんが怒ってるのかわかん
ないし・・・。でも、怒っているってことは、私が何か泰明さんが嫌がるようなことしたからだか
ら・・・。ごめんなさいっ!!」
 あかねは、そう言って頭を下げる。
「神子が謝るようなことは何も無い・・・。私も・・・、自分で自分が判らないのだ・・・。友雅に心の
かけらが戻った時、何だか言いようの無い何とも説明しがたい感情が私の中に宿った・・・」
「泰明さん・・・。それって・・・?」
 あかねが、ほんのすし嬉しそうに顔を綻ばせる。
「自分でも説明が出来ない。神子が他の男と話しているだけで、私の中のこの不思議な感情は
顔を出してくる。私は・・・、おかしいのだろうか?」
 泰明が困ったような顔であかねを見つめる。しかし、あかねはそれとは逆に嬉しそうな顔をし
ていた。
「神子? 神子はどうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
 泰明は不思議そうにあかねに尋ねるが、あかねはただ微笑むばかりで・・・。
「神子?」
「私も、泰明さんが他の女の人と親しそうに話しているところを見たら、そうなるかもしれない
な・・・って思って」
 あかねは、嬉しそうに微笑む。
「神子も、そうなるのか? では、私は別におかしくは無いのか・・・」
 泰明は、ホッとしたように微笑んだ。
「神子、今日はすまなかった。次からは、こんなことが無いように極力努力する。だから・・・、ま
た供をさせてくれ。それでは」
 泰明はそう言うと、胸のつかえが取れたかのようにすっきりした顔をして帰って行く。
 そして、そんな泰明の後ろ姿を見つめるあかねも、とても幸せそうな顔をしていた。

                             終

 久しぶりの甘々です。この前、永泉で惨いことをしていたんで、甘いのを書いてみたいボルテージか上がっていた
時にいただいたキリリクなんで、まあまあ、甘くなったかなと・・・。
 和歌の意味は、「お前のことを愛しいと思うのも、お前に嫉妬してしまうのも、みんな私のお前を愛する心から出てき
ているものなんだ。」って感じの意味です。本当は女性の和歌なんですが、泰明さんなんで、男っぽく訳してみまし
た。好きじゃ無かったら、嫉妬したりしないしなーという考えで、この歌を選んでみました。