無いものねだり<五>〜静流side〜

「わしは、完璧な器を作ろうとしているのではないのだ・・・」
「どういうことですか?」
 あかねが不思議そうに聞き返す。
「完璧なものは、一瞬は人の心を魅了する。しかし、それだけだ。何の面白味もない。本当に
人の心を捉えるものは完璧なものではないのだ」
「じゃあ、一体どういうものだったら、人の心を捉えることが出来るんですか?」
あかねは、不思議そうに聞き返した。
「それは、人それぞれ違う。わしの心を捉えるものと、お前さんの心を捉えるものは違う。だか
ら、わしはお前さんにその答えを与えてやることは出来ない」
 そういうと、老人は再び土を捏ね始めた。
「わしが器を作るようになったのは、ほんの些細なきっかけからじゃ」
「・・・」
「わしが好きだった女が、器をとても嬉しそうに眺めていた。それで、わしが器を作ったら、彼女
のあの笑顔が見られるかと思い、作り始めたんだ・・・」
 老人はそう言って笑った。
「おじいさんは、その人の笑顔が見たくて器を作り始めたんですね。好きな人に喜んでもらいた
いって、そういう気持ち、私もわかります」
 あかねは、微笑んだ。
「それで、その女の人に器を見せることは出来たんですか?」
「・・・いや。わしが彼女にその器を見せることは出来なかった・・・」
 男は、悲しそうに笑う。
「どうして?」
「彼女とわしは元々身分が違い過ぎたんじゃ・・・。彼女にわしの器を見せることは出来なかっ
た。彼女は、親の決めた男と結婚させられるのが嫌で、池に身を投げた・・・。わしは、助けて
やることは出来なかった」
「そんな・・・」
「わしが、彼女を連れて逃げることが出来ればよかったのかもしれない。だが、わしには、そん
な勇気は無かった。だから、彼女を供養するつもりで、彼女に見せてやることの出来なかった
器を作り続けているんじゃ・・・」
「そうだったんですか・・・」
 あかねは、申し訳無さそうに表情を曇らせる。
「過去のことは、いくら悔いても戻ってくることは無い。未来のことを考えろとわしに言う者もい
た。しかし、わしにとっては過去のことではないのじゃ。彼女は、わしの心の中で・・・、思い出の
中で生きているのだから・・・」
 老人はそう言って微笑んだ。
「思い出の中で・・・」
「そうだ・・・。わしが、作りたいと思うものは、そんな誰かの心に残るような器なんじゃ・・・」
「・・・」
「お前さんは、どうじゃ? お前さんは、何かから逃げてきたのだろう?」
 老人は、あかねの方を見ずに尋ねる。
「おじいさん・・・」
「最初から、わかっておった。お前さんは、何かから逃げてきた者・・・。このまま逃げ続けるの
も、一つの道じゃろう。あの男は、お前さんと一緒に逃げ続けるだけの覚悟は出来ているようじ
ゃ・・・。だが、お前さんは、それで良いと思うのかな?」
 老人のその言葉にあかねは、じっと考え込む。