神子を求めて三千里? 第一章<三>




「永泉。詩紋のようになりたくなかったら、それ以上近づくな」
 泰明のその言葉に、永泉は、改めて詩紋を見る。
 何者かに咬まれ、投げられたのか、体中に傷があり、歯形まで付いている。
「一体、誰がこんな・・・。いくら鬼に似ているからと言って、こんな酷いことをしなくても・・・」
 あまりの酷さに、永泉が眼を背ける。
「みんな、ボクの美貌を羨んでこんなことするんだ。ボクがあかねちゃんに一番好かれてるか
ら・・・。天真先輩、あかねちゃんのこと好きだからって、いくらなんでもあんまりだよ・・・」
 詩紋が息も絶え絶えにそう言った。
「皆様。詩紋殿の戯言はさておき、大変なことが起きてしまっているのです。神子様に、そ
の・・・」
 藤姫が言いにくそうに俯いた瞬間・・・。
 ニャアーという鳴き声が御簾越しに聞こえた。
「猫?」
 事情を知らない五人がそう呟く中、天真が眼をランランと輝かせて、手足をバタバタさせ、縄
を解こうとする。しかし、頼久の手によって、源家に代々伝わる縛りの技術で縛られた天真の
縄はいっこうに解ける気配は無かった。
「まさか、神子か?」
 泰明が訝しげにそう呟いた時、ネコ耳を生やしたあかねが四つん這いでゆっくりと出てきた。
「これはまた、面白い趣向だねぇ」
 友雅は、興味深そうにあかねに近づいていく。
 しかし、友雅があかねに触ろうとした瞬間、あかねはフーッと唸った。
「おやおや、嫌われてしまったかな?」
 そう言いながら、事の重大さにまだ気付いていない友雅は、それでもあかねに近付いた。
 その瞬間、あかねは友雅に飛び掛り友雅の顔を引っかくと、ものすごい勢いで走り、永泉の
足に纏わり付いた。
「み、神子?」
 あかねのその行為に永泉が顔を紅くしながら戸惑った。
「神子様は、永泉様がお好きなんですのね」
 藤姫はそう言って微笑む。
「動物は、自分を好きな者のことはわかると言うからな」
 泰明は、相変わらずの無表情で、そう呟く。
「え・・・っ」
 永泉が、少し嬉しそうに気恥ずかしそうに微笑む。
 あかねは、ある程度永泉の足元に纏わり付くと、今度は泰明、そして、イノリの足元へと纏わ
りつき、その一連の行動を終えると、満足したように永泉の足元へ座る。
「神子様の今の思う心は永泉様が一番高いのですね」
そう言って、藤姫は微笑む。
 しかし、少なからずあかねに好意を抱き、蛍の飛び交う中、あかねに自分の思いを告げた鷹
通は、あかねのそんな行為を複雑な面持ちで見ていた。忘れてくれとは確かに言ったが、本当
に忘れるとは・・・、かけらも自分に好意が無かったとは・・・。思ってもいなかったことのため、
鷹通はショックを隠しきれなかった。
 そんな鷹通の隣で、同じくあかねに好意を伝えたにもかかわらず、顔を引っかかれてしまっ
た友雅は、自分の顔の傷を複雑な思いで見ていた。