君がため <二>

「お前は、私が思っていたのとは違うようだ・・・」
「泰明さん?」
 あかねの声は、泰明には届かない。
「私は今後、お前を抱くことは無い・・・。 それでも、ここにいたいのならここにいれば良い」
「泰明さんっ!!」
「・・・」
 泰明がだんだん遠くなっていく。
「待って・・・!!」
 あかねは、自分の叫び声で目を覚ました。
「夢・・・?」
 あかねは、安心したように息を付く・・・。
 友雅に冷たく別れを告げられ、呆然自失となっていたあかねを、泰明がこの屋敷に連れて来
てくれた。
 そして、今、あかねはこの屋敷で泰明と生活している・・・。
「なんで、あんな夢・・・?
「どうした・・・?」
 隣で眠っていた泰明が、心配そうにあかねを見る。
「ううん。何でもない・・・」
「嫌な夢でも見たか?」
 泰明は無理に笑顔を作るあかねの様子に、顔を曇らせる。
「うん、ちょっと・・・。でも、大丈夫・・・」
 そう言って微笑むあかねの体を泰明はグッと引き寄せると、優しく頭をを撫でてやる。
「泰明さん・・・?」
 不思議そうに泰明を見るあかねに、彼は優しく微笑んだ。
「嫌な夢は、もう見ないようにまじないをかけた。安心して眠れ」
 泰明のその言葉にあかねは微笑む。
「ありがとう。おやすみなさい」
「ああ」
 あかねは、再び布団にもぐりこむ。
 しかし、いくら目を閉じても、またあの夢を再び見てしまうのではないかと思うと、怖くて眠るこ
とが出来なかった。
 泰明もまた、あかねの不安な思いを肌に感じ、眠ることが出来なかった。


 朝、仕事に行く泰明を見送ると、あかねはいつものように部屋に籠もり、外を眺める。 
 あの日、友雅に別れを告げられてから三ヶ月・・・。
 友雅にあの日言われたことを、泰明に言われる夢・・・。なぜ、自分はあんな夢を見たのだろ
うか? 
 あの日、泰明はこの屋敷にあかねを連れて来て、あかねを抱いた。それは、同情からなの
か、愛情からなのか、あかねにはわからない。
 しかし、その後も、泰明はあかねを抱き、あかねも泰明に抱かれている。自分の行為の意味
さえ、わからなくなっていた。何故自分は泰明に抱かれているのか・・・。
「ここにいたのか・・・」
 その声にあかねは、ビクッと体を竦ませる。
「随分探したよ、あかね・・・」
「友雅さん・・・、どうして、ここに・・・」
 あかねは、微笑む友雅の姿を幻でも見ているかのように、凝視する。
「そろそろ、私のところへ帰ってきたいかと思ってね・・・」
 友雅の言葉の意味があかねにはわからなかった。
「君がいなくなって、初めて・・・、私は自分で思っていた以上に君を愛していたことに気付いて
ね。まあ、気付くのが遅すぎると罵られても仕方ないが・・・。戻ってきてはくれまいか?」
 友雅はそう言うとあかねに手を差し出す。
「・・・」
 あかねは、その手をじっと見つめたまま、動くことが出来なかった。
「稀代の陰陽師が、後見人もいない女を屋敷に迎えた・・・。あの女は一体どこの筋のものなん
だ?」
「え・・・っ?」
「君の噂だよ。いや、性格には、君と泰明殿の噂かな? 君を探し出せたのもこの噂を聞いたか
らなんだが・・・。しかし、この噂は、泰明殿にとってはあまり良い噂とは言えないね。泰明殿
が、娼婦を買ったようだ・・・と、噂するものもいるぐらいだ。このことが意味することは、君なら
わかるだろう?」
「・・・」
 あかねは、自分たちがそんな風に噂されていることを全く知らなかった。泰明は、そんなこと
を一言も言わなかった。
「君がここにいたら、泰明殿に迷惑がかかってしまう。君が私の元に帰ってくるのが、君にとっ
ても一番いいことなんじゃないかい?」
 あかねは、表情を曇らせる。
「さあ、あかね、どうする?」
 あかねは、ゆっくりと友雅の手を取る。
「泰明殿が来る前に行こうか?」
 あかねは、友雅の言葉に静かに頷いた。
 

 こうなるまで気付かなかった・・・。自分の本当の思いに気付けなかった。なぜ、泰明に抱か
れていたのか・・・。
 私は・・・、泰明さんのことが好きになっていたんだ・・・。
 あかねは、やっと気付くことが出来た。しかし、それと同時に、あかねは泰明と別れると言う
選択肢を選ぶことしか出来なかった・・・。

                        続く
スミマセン。前後編の予定が、前中後編になってしまいました。そんな訳で、まだまだ暗いです。後編では、平和に
なる予定。それにしても、自分で書いといて言うのもなんですが、本当、友雅さん悪人だなぁ・・・(苦笑)。