君がため<四>


 あかねは、友雅の再度の口付けに、何の感情も抱くことはなかった・・・。
 泰明と何も無かったわけではない。もちろん、友雅と共に暮らしていた時は、友雅とそういう
関係でもあった。
 しかし、あかねは、彼のその唇の温もりを感じることは無かった。あかねにとって友雅はもう、
過去の男と成り代わってしまっていたから。自分が愛してない男との口付けがこんなにも苦痛
だったとは、あかねは思ってもいなかった。
 あかねの頬を何かが伝った。それは、あかねの意志とは関係なく、ただただ溢れてくる。
「泣いているのかい?」
 友雅にそう聞かれて初めて自分が泣いていると言う事実にあかねは気付いた。
「そんなに私が嫌い・・・ということか・・・。昔は、あんなに私を恋しがったというのに・・・。ほんの
少しの間に君は心変わりしたということか・・・。君の心は随分と移ろいやすいらしい。」
 友雅の言葉に、あかねは自分の心が軋む音を聞いた。今のあかねにとっては、とても酷い
一言だった。
 しかし、友雅にあんな風に捨てられて、すぐに泰明を恋しく思ってしまう自分は、友雅が言うよ
うに、移ろいやすい女なのだろう・・・。あさましい女なのだろう・・・。あかねに、友雅の言葉を否
定することは出来なかった。
「しかし、君の心か移ろいやすいと言うのは、私にとっては好都合だがね。今、こうして私を拒
否している君も、すぐに私の昔馴染みの体を懐かしむように私を愛することも容易いのだろう
から・・・」
 友雅はそう言って、愉しそうに笑みを浮かべる。
「さあ、こんな着物も脱いでしまいなさい。君にこの色は似合わない。泰明殿も、随分と悪趣味
なものだ」
 友雅はそう言うと、あかねの着物の紐を解く。あかねは友雅のそんな行為にも、諦めたよう
になすがままになっていた。
 ただ、少しでもこの時間が早く過ぎてしまえば良い・・・。あかねはただそれだけを願い、再び
目を閉じた。
 友雅は慣れた手付きであかねの着物を剥いでいき、そうして、あかねは気がつけば小袖姿
にされていた。
 友雅は、あかねの下紐を解こうと、それに触れた。
 その瞬間、あかねの脳裏に泰明の顔が浮かんだ。昨日の夜、この下紐を結んでくれた泰明
の顔が・・・。
 その時、泰明は何と言った? あかねは、ゆっくりと思い返す。
「この下紐は、私以外に解かせてはならない・・・。いや、私がお前にそれを強制することは出
来ない・・・。ただ、ほんの少しでも私を思ってくれるなら、この紐は、解かないで欲しい・・・」
 そう、悲しそうにあかねに告げた泰明の顔が、あかねの中にじわじわと染みていく。そして、
あかねの心の全てを満たしていった。
 あかねは気がつけば、友雅を突き飛ばしていた。
 しっかりと下紐を押さえ、うずくまる。そんなあかねの姿に、友雅は初めて心底不愉快な表情
を浮かべた。
 友雅は無理矢理、あかねの手をそこから引き剥がし、紐を解こうとする。
 しかし、あかねはその紐を解かせまいと必死で抗った・・・。
「いやっ!! やめて・・・。お願いだから・・・!!」
 あかねに再会した友雅が、初めて聞いたあかねの言葉だった。
 友雅は、あかねのその言葉にそこから手を離す。あかねは自分の体からゆっくりと緊張が解
かれて行くのを感じていた。
 しかし、友雅は剥ぎ取ったあかねの着物を手に取ると、力の限り引き裂いた。

                                 続く