逝く夏 <中編>

「・・・お久し振りです。永泉さん」
 永泉は、自分の目の前にいた人物から、思わず目を逸らしてしまった。
「お久しぶりです・・・」
 もう会うことは無いだろうと思っていたその人を見たとき、永泉の胸は、酷く締め付けられた。
それは懐かしさと切なさと愛しいと思う気持ちがないまぜになった、甘美な痛みをもたらした。
「三年・・・振りですね。お元気でしたか?」
「ええ。神子も、お元気でらっしゃいましたか?」
 永泉のその言葉にあかねは、微笑む。
 三年の月日は、人を大人にするのには十分すぎるくらいの時間だったが、永泉のあかねへ
の恋心を消滅させるには短過ぎる時間だった。
 三年たった今も、永泉のあかねへの思いは色あせることは無かった。いや、むしろ秘め続け
ていたゆえにさらに色濃くなったようにも思われた。
 永泉は、改めてあかねを見る。三年の月日は、あかねをより美しくしていた。頼久に愛されて
いるからだろうと、永泉は思った。
「幸せに暮らしてらっしゃるのですね」
 永泉は嬉しそうに微笑む。
「・・・そうですね」
 あかねは、永泉のその言葉に悲しそうに微笑んだ。
「あの、それじゃあ。私、行きますねっ」
 あかねはそう言うと、頭を下げ、歩き出す。
 と、その時、何かにつまずき、あかねが転びそうになった。永泉はとっさにあかねの体を支え
た。
「神子、大丈夫ですか?」
 あかねは、永泉の胸に顔をうずめる。
「神子?」
 いつまでも顔を上げないあかねに心配そうに、永泉は呼びかける。
「ごめんなさい・・・」
 あかねはそう言うと、永泉から体を離し、俯いたまま永泉の脇を過ぎ去っていた。
 永泉はあかねを呼び止めて、自分の胸にあるこの思いを伝えてしまおうかと思った。さっき抱
き締めたあかねの鼓動。それは、自分のものと同じように速かった。
 しかし、今更この思いを伝えたところで、あかねにかえって迷惑をかけてしまうだろうと思い、
やめた。
  あかねの鼓動と肌の熱さがやけに永泉を悲しくさせた。
 

 あの日から、五年の月日が流れた・・・。
 永泉は、再びあかねと再会することになったが、それは同時に永遠の別れでもあった。
 眠っているようだとはよく言ったもので、こうしてあかねを見ていると、今にも笑顔を見せてく
れるようだった。
 自分が死んだ時には、永泉に経を上げてもらいたい・・・。それがあかねの願いだったのだ
と、頼久から告げられた。
 永泉は、押し寄せてくるさまざまな感情を隠し、黙々とお経を上げた。
「永泉様・・・。これを・・・」
そう言って藤姫は誰にも気付かれぬよう、そっと一通の文を永泉に渡した。
「これは・・・?」
「神子様から、お預かりしていたものです・・・。私が持っているよりも、永泉様が持っているほう
がよろしいかと・・・」
 そう言うと藤姫は永泉に頭を下げ、去っていった。