ひとり プロローグ(あかねver.)


「神子様のおかげで、京に平和が戻りましたわ・・・。ありがとうございます」
 そう言って、藤姫は微笑んだ。
「ううん、私の方こそ、今まで色々ありがとう。藤姫やみんなに会えて良かった。一生の思い出
だよ」
 あかねは、藤姫の手を取り、微笑む。
「確かに、こんな経験は普通に生活してたら味わえなかったよな」
 そう言って天真が笑う。
「でも、色々あったけど、いい思い出だよね」
 詩紋のその言葉にあかねは今までの色々な事をしみじみと思い出す。
 突然この異世界、京に召喚されて、訳のわからない出来事に巻き込まれ、混乱しながらがむ
しゃらに走ってきた。
 そして、あかねはこの世界で自分よりも大切に思える存在である泰明に出逢った。
「そうだね。普通に生活してたら、みんなに会えなかったもの」
 あかねはそう言って、隣で微笑む泰明を振り返る。
「そうだな…」
 泰明も、あかねを慈愛に満ちた顔で見つめ返した。
「神子様・・・。そろそろ時間が来てしまったようですわ。 残念ですが、お別れですわね。どう
か、お元気で」
 藤姫のその言葉に、あかねも泰明も幸せそうに微笑んだ。
「行こう…」
 そう言って、泰明はあかねの手をしっかりと握り締める。
 あかねも、それに答えるようにしっかりと握り返した。
「これからは、ずっと一緒だね」
 そう言って微笑むあかねに、泰明は優しく頷いた。
「みんなのこと・・・絶対忘れないから」
 そう、一言残して、あかねたちは帰って行った。泰明のの手をしっかりと握り締め…。

 目を覚ましたあかねの目に映ったのは、真っ白な天井だった。次に映ったのは、母親の心配
そうな顔・・・。
「あかねっ、あかね・・・っ。せっ、先生っ。娘が、娘が目を覚ましましたっ」
 自分の周りを慌しく、白衣姿の人たちが走る。
「ここ・・・どこ・・・」
 あかねは、傍らの母に尋ねる。
「病院よ。あなた、学校の井戸の近くで倒れていたのよ・・・。ずっと、目を覚まさなくて、このま
ま目を覚まさないんじゃないかって・・・」
 母親は、あかねをギュッと抱きしめる。
「お母さん・・・。みんなは・・・? 天真君は・・・? 詩紋君は・・・?」
 あかねのその問いに母親は、あかねの手を握り締める。
「大丈夫よ、天真君も詩紋君も、みんな一緒だったわ」
 そういう母親の隣には、心配そうな天真と詩紋の顔が見えた。
 あかねは、一瞬、安堵の表情を浮かべる。
「良かった。みんな、無事だったんだね」
 あかねのその言葉に天真と詩紋が表情を曇らせる。
 そんな二人の様子に、あかねは慌てて泰明の姿を探す。
「天真君、泰明さんは…? ねぇっ、詩紋君っ!」
 しかし、二人は表情を曇らせたまま、あかねの目を見ようとはしない。
「ねえ、泰明さんは、どこ? 一緒に帰ってきたの。これからは、ずっと一緒だねって、約束した
のっ。ねぇっ! ねぇっ!」
 あかねはそう言って、二人の腕を掴む。
「探しに行かなくちゃ…。泰明さん、きっと知らない土地で迷ってるんだ…。私が、助けに行かな
くちゃ…。早く行かなきゃ…!」
 そう言って、あかねはベッドから抜け出ようとする。
「ダメよ、まだ動いちゃ…」
「だって、泰明さんが私を呼んでる。行かなきゃ…。きっと、私のこと、心配してる」」 あかねを
止めようとする母親や天真たちの手を振り払い、あかねは強引にでも動こうとする。
「先生っ」
 母親のその言葉に医者が走ってくる。
「泰明さんが待ってるの! まだ、手に温もりが残っているの!」
 あかねは、そう言って、愛しいものを抱くように、しっかりと握り締める。
「嘘じゃないのっ!」
 しかし、医者はあかねを押さえつけると、あかねの腕に鎮静剤をゆっくりと注入していく。
「次に目が覚めたら、楽になっているからね」
 そう言って、医者は、あかねの手を布団の中へとしまう。
「泰明…さ…ん…」
「あかね…」
 意識をゆっくりと手放していく中、あかねは泰明の優しい声を聞いた気がした。
「ゴ…メ…ンね…」
 天真達は、あかねの頬を静かに伝う涙をただ、じっと見つめることしか出来なかった。  

                    終わり

近々、続きは書くつもりです。暗い話ではありますが、ハッピーエンドの予定です。