逝く夏 <後編>


 誰も居なくなったあかねの墓の前で、永泉は、初めて涙を流す。その手には、先ほど藤姫か
ら渡された文が握られていた。
「あなたも私のことを思っていてくれたなんて・・・」
 あかねが藤姫に託した文に、全ての真実が書かれていた。あかねは、知っていたのだ・・・。
永泉が自分を愛してくれていたことを・・・。
 そして、あかねは待っていたのだ。永泉が、いつか自分にその思いを告げてくれる日が来る
のを・・・。
 蝉が夏の終わりを告げるかのように、激しく鳴いている。
「こんなことなら、あなたにあの時、思いを伝えれば良かった・・・」
 永泉は、ポツリと呟いた。
  いくら嘆こうと、もう戻ることは出来ない日。
 永泉は、手に握り締めていた手紙を小さく千切る。それは、季節外れの桜吹雪のように、空
に散り散りに飛んでいく。
 あれほど激しかった蝉の鳴き声は、いつしか止んでいた・・・。
 永泉の嘆きだけが、ただ、茜色の空に響いていた。。


 あの日から、二十年の月日が過ぎようとしていた。永泉は、今、人生の終幕を迎えようとして
いる。あかねの命を奪ったあの夏と同じように、蝉が夏の終わりを告げている。
 そんな彼の手には、一通の文が握り締められていた。
 遠い昔、あかねが物忌みの日に自分を呼んでくれた初めての文。
 いっそのこと、あの日に戻って、全てをやり直せたら・・・。
 しかし、それは決して叶うことの無い願いだった。時は止まる事を知らず、ゆっくりと時には忙
しく、しかし、確実に流れ続ける。 
「神子・・・?」
 まぶたが少しずつ重くなっていく。目を閉じた永泉の前には、永泉が愛しているあかねが立っ
ていた。
「神子、私は・・・あなたが好きです・・・」
 今、終わり行くこの時に、永泉は、あかねの手を取り、そう告げる。
 あの日に帰ることは出来ないが、せめて・・・、あの日と変わらぬ思いを彼女に伝えたかっ
た・・・。
 あかねは、永泉のその言葉に少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがとう・・・」
 そして、小さな声で、「私も・・・」と永泉に告げる。
「ありがとうございます・・・」
 永泉は、嬉しそうに微笑み、新たな世界へと旅立った。

                          終わり

 嵐山たぬきさんからのリクエストで、永泉×神子の暗い話でした。暗い話大好きな私としましては、張り切りすぎて
前後編になってしまいましたが・・・。
タイトルの「逝く夏と」言うのは、ドイツの詩人ハイネの詩からお借りしました。

"心の底から泣かずにはいられない気持がする。
今この有様がわたくしに恋の別れをまたしても思い出させる。

お前と別れるさだめだった。
お前がもうすぐ死ぬことはわかっていた。
私は去りゆく夏であり、お前は枯れゆく森だった"(ハイネ詩集より抜粋)
 
 中学生の時、この詩に出逢って、かなり切ない気持ちになったのを覚えています。このフレーズが好きで、思わずタ
イトルを借りてきてしまいました。この話、実は2パターンあって、かなり悩んだので、もしかしたら別口でまた書くかも
しれません(苦笑)。