茨の海<十>

 眠っている姿は、本当に安らかで、自分はこの安らぎを守るために何が出来るのだろうと、
永泉は思う。
 額にかかる髪にそっと触れれば、小さな吐息とともに、寝返りを打つ。こんな無防備な姿を見
れるのは、きっと自分だけなのだろう。
「眠っている間しか安らぎを与えられないなんて、駄目ですね、私は……」
 先帝の兄が無くなり、京の帝となって京の民を守っている気でいたが、こんなにも近くで苦悩
している彼女を守れなくて、一体自分は何のための帝なのだろうと思う。
 京のために生きる。それが帝の勤めだというのなら、私はそんな地位はすぐにでも譲ってし
まいたい。
 しかし、きっと彼女は言うだろう。
 後悔するわ、と。何よりも、私のことを一番に考えてくれる彼女に、そんな風に心配をかけたく
はない。しかし、彼女を守るためには、私は帝ではいけないような気がする。
「あかね……。私は、全く駄目ですね。強くなれたと思っていましたが、、あなたがいてこその強
さなのです。あなたがいなくなっては、私はきっと生き方も忘れてしまう。だから、ずっと傍にい
てくださいね」
 永泉は、そう告げると静かに部屋を後にした。
「ごめんなさい……」
 あかねは、寝床の中、身体を丸め、零れ落ちそうになる涙をこらえながら、そう小さく呟いた。

 昨日泣いてしまったせいか、少し目が赤い。眠るふりをしながら、ほとんど眠ることが出来な
かったせいかもしれなかった。
「あかね。あまり、眠れなかったようですね……」
 永泉の言葉にあかねは小さく首を振る。
「ううん。眠ったんだけど、何だか怖い夢を見て、ちょっと泣いちゃったせいかも……。だから、
大丈夫だよ。じゃあ、行ってきます」
 努めて笑顔で話すあかねに、永泉は不安な気持ちが増してくる。
「歩いていくつもりなのですか?」
「うん。その方が気分転換にもなると思うし……」
「そうですか。では、お気をつけて」
「はい」
 本当は、歩いてなど行かせたくなかった。道中、何があるかはわからない。
 しかし、それが彼女の気分転換になるのなら、承諾するしかなかった。
「しかし、嫌な空ですね……」
 永泉はあかねの後ろ姿を見送りながら呟く。雨が降ってはいないものの、いつ降り始めるか
わからない雲行き。
「雨が……降らないと良いのですが……」
 永泉は、空を見上げ呟いた。

                                続く


 本当は、永泉さんのお誕生日なので、そういう幸せな話を書きたかったのですが、何か今いろいろいっぱいいっぱ
いな状態なので……。本当は、誕生日創作あげたかったんですが……。誕生日創作、作れたら作ります。決して愛
が薄れたわけじゃないのです……。