君がため<五>

「やめて・・・!! お願いだから・・・」
 そう言って、懇願するあかねを友雅は、冷ややかな目で見下ろした。
「そうか・・・。・・・やめてほしいのかい? そう言って、君は私がやめるとでも思っているのか
い?」
 友雅があかねの耳元での低い声で告げる。
 あかねは、友雅のその声に恐怖を覚え、身を強張らせた。
「やめないよ」
 友雅は冷酷にそう言い放つと、着物を庭に投げ捨てた。あかねは、それを追う様に庭へと小
袖姿で駆けていく。いつの間にか降り始めていた雨で、泰明があかねのために用意してくれた
着物は、薄汚れてしまった。
 それでも、あかねは泰明が自分のために選んでくれた着物を、愛しい者を抱くかのようにギ
ュッと抱き締めた。
「こんな屈辱を受けたのは初めてだよ・・・。年端も行かぬ君に、このような仕打ちをされるとは
ね・・・」
 友雅はそう言って、何か穢れたものを見るような目であかねを見た。
 あかねはそんな友雅の視線に、表情を固くする。
「・・・」
「泰明殿の元に帰りたいかい?」
 友雅は、今迄で一番優しい笑みを浮かべあかねを見る。
「・・・」
 その言葉を聞いたあかねの目に、一筋の希望の光が宿る。
 帰してくれるのだろうか・・・。
 そんな思いがあかねの心をほんのり温かくする。
 そして、あかねの目にそんな希望を見つけた友雅はにっこりと微笑み、あかねに告げた。
「良いよ、帰りたいのなら帰っても・・・。だが、それが泰明殿にとって善となるか悪となる
か・・・。そんなこともわからないほど、君は、賢くない人間ではなかったと思うがね・・・」
 友雅のその言葉に、あかねの心をほんのり温かくさせていたものは、すぐに消え去り、後に
残ったものは、絶望という名の闇だけだった・・・。
「・・・」
「その様子だと、賢い君は自分がどうすべきか良くわかったようだね。物分りの良い女は嫌いじ
ゃないよ。しかし、君は私の求めていた女性ではなかったようだ・・・」
 友雅は大きくため息をつき、あかねの元へと下りていく。
 そして、ゆっくりとあかねの髪を撫で、彼女の耳に顔を寄せた。
「君を一生、この屋敷から出してはやらない・・・。それが君が私にした仕打ちへの仕返し
だ・・・」
 友雅はそう告げると、顔を離しゾッとするほど美しい微笑を浮かべた。

                        続く