君がため<六>

  
 こんなに冷酷な友雅の顔をあかねは、今までに見たことが無かった。いや、人間のこれほど
までに冷酷な笑みを見るのは生まれて初めてだった。
「どうしたんだい? 随分顔色が悪いようだが…? 安心しなさい。君をこの屋敷から出すつもり
は無いが、君を抱くつもりも無い…。君は、自分の愛していない、そして自分を愛していない男
の屋敷で、この世にただひとりの愛しい男のことだけを思いながら老いていくのだよ…」
 友雅はそう言うと、酷く楽しそうに笑った。
 あかねは、完全なる絶望を肌で感じていた。
 しかし、それと同時に、いっしよう泰明に届くことは無いが、泰明だけを思うことを許された安
堵も感じていた。
 この思いを告げることは、一生許されなくとも…。


 泰明が屋敷に帰ると、そこは明らかに今朝とは違っていた。
 彼女の気配が消え、そしてあの男の残り香が少し、ほんの少しする。
 それは、泰明に今、自分が置かれている状況を知らせるのに十分過ぎるくらいのものだっ
た。
「そうか…。やはりあの男が来たのか…」
 泰明は、表情を変えることなく呟いた。
 いつか、別れが来ることは、泰明も重々承知していた。
「お前は、私のことを好きでこの屋敷にいたわけではないのだから…。こうなることはわかって
いた。お前が幸せなら、私はそれで良いのだ…。それで…」
 しかし、そう呟く泰明の頬には、一筋の涙が伝う。
「私は、お前が幸せなら、それでいいのだ…!! それで…っ!!」
 なのに、この頬を伝うものは何だ? なぜ、私は涙を流しているのだ…?
 その答えは、泰明が一番わかっていた。
「違う…。私は、あかねが私のことを好きにならなくても構わない、いつかあかねが帰る日が来
るかもしれないと…、ただ自分の心に言い聞かせていただけだったのだ。本当は、誰よりもあ
かねを欲していたというのに…。私は、あかねの幸せの中に、自分があることを祈っていたの
だ…」
 何もいらないと言いながら、身代わりでも構わないと思いながら、共に過ごす日々を重ねてい
けばいくほど…、泰明の中の欲望は、泰明の心をどんどん侵食して行った。
  そうして、いつしかこの欲望は、泰明を飲み込み…、それがあかねにも伝わったのだろう…。
「心など手に入れなければ良かった…」
 しかし、この心を手に入れなければ、あかねを好きだという気持ちも手に入れることは無かっ
た。とても温かく、優しい気持ちを知ることもなかった。
「こんなにもこの日が早く来るのだったら、一言、たった一言で良いから、あかねにこの思いを
伝えれば良かった…」
 しかし、それは今更叶わぬ願いだった…。


                    続く

 久しぶりの更新で、やっと泰明さんが出てきたと思ったら、全然幸せそうじゃなくてごめんなさい。GWに皆様に良い
気分になってもらおうと思っていたんですが・・・。もう少しで幸せになれるかと思うんでしばし、お待ち下さい。