Addicted to you

「先輩、何か嫌なことでもあったんですか?」
 いつものように、他人には優しく、香穂子には意地悪な柚木に変わりはないのだが、今日の
柚木は何となくどこかが違うような気がした。どこが違うと聞かれると、説明しようがないのだ
が。
「別に。いつもと同じだろ」
 柚木はそう言うと、いつもと同じようにあの意地悪な笑みを見せた。
 やはり、何か違和感を感じるのだが、どうやら柚木はそのことを香穂子に知られたくないよう
だったので、香穂子もそれ以上は何も言わなかった。
「帰るぞ」
 柚木にそう言われた香穂子は頷き、車に乗る。
 いつもなら、車内でのこの時間は、香穂子にとって、とても楽しい時間であったが、今日は二
人とも何も話さないため、車内を沈黙が包んだ。
「香穂子…」
 やっと、柚木が口を開いた。
「はい?」
 香穂子は、柚木のほうを振り返った。
 柚木は、しばらくじっと香穂子を見る。
「ごめん…。なんでもない…」
 そう言うと、柚木は再び正面を見た。香穂子は、何か考え込んでいるような柚木の横顔をた
だ黙ってじっと見つめていた。

「着いたよ。それじゃあ」
 柚木はそれだけ言うと車に戻ろうとした。。
「先輩、あの、私、何か悪いことしましたか?」
 香穂子の問いに柚木は少し困ったような顔をする。
「どうして、そう思うんだい?」
「何となく、放課後からちょっと様子が違うような気がしたから…」
「そう…。そうだな、お前のせいだ。オレは今まで、こんな風に誰かのことで不愉快な気分にな
ったことはないからな。お前と会ったせいだ」
 そう言うと、柚木はあの意地悪な笑みを浮かべた。
「ごめんなさい」
 香穂子は、素直に謝る。
「…。本当に君は…。何て言うか、オレは本当に君には勝てないんだと痛感するよ」
 柚木の言葉に香穂子は首を傾げる。
「オレはね、どうやらとても独占欲が強いらしい。お前が、月森と一緒に仲良く合奏をしている
のを見ただけで、こんなに気分が悪くなるんだからな」
 柚木はそう言って、自嘲気味に笑う。
「月森君は、友達ですよ?」
「だから、オレは独占欲が強いって言っただろう?」
 柚木のその言葉に、香穂子は顔を赤くする。そして、嬉しそうに笑った。
「なんで笑っているんだ?」
 柚木は、少し不愉快そうに香穂子を見る。
「違うんです。嬉しいんです。私ばっかり、先輩のことを好きだと思っていたから」
 香穂子のその言葉に、今度は柚木が顔を赤くした。
「オレは、お前が思っているほどには、お前のことを好きじゃないかもしれないよ?」
 柚木は、意地悪くそう言うと、車に乗った。
「じゃあ、明日も待ってろよ」
「はいっ」
 香穂子は、嬉しそうに微笑む。
 走り出した車内から、ずっと手を振っている香穂子を慈しむような目で、柚木はじっと見てい
た。
「本当は、お前なんかより、オレのほうがずっとお前に夢中なんだって、お前はきっとわからな
いんだろうな…」
 小さくなっていく香穂子を見ながら、柚木は呟く。しかし、そう呟く柚木の顔は、とても幸せに満
ちたものだった。


                    終わり