茨の海<七>

 帝が亡くなったのは、それから数日経ってからだった。帝は、優しい笑みを浮かべているよう
だった。
 永泉に全てを託し、安心しきって逝ったのだろう。
 結局、帝は自分の子もそして、桜も見られないまま逝ってしまった。永泉にとって、唯一心を
許していた肉親とのとても悲しい別れだった。
 
 永泉は帝の遺言に従って、京の新しい帝となった。自分に、そのような役職は相応しくないと
思ったが、兄の子供が生まれていない今、永泉がその役目をするしかなかった。
 控えめに生きてきた永泉にとって、帝として振舞わなければならないということは、予想以上
に労力を伴うものだった。
 
「大丈夫?」
 慣れない仕事に疲れきってしまっている永泉を、あかねが心配そうに見つめる。
「大丈夫ですよ…」
 永泉はそう言って、あかねを安心させようと無理に笑顔を作った。
 そんな永泉を傍から見ていることしか出来ない自分が、あかねは歯痒くて仕方が無かった。
「ごめんね…」
 あかねの口から、自然とその言葉が出ていた。
「どうして謝るのですか?」
 永泉が困ったようにあかねを見つめる。
「私が、男の人だったら、もっとあなたの力になれたのに…」
「そんなこと…。私はあかねが傍にいてくれるだけで、とても幸せなのですよ。だから、そんな風
に嘆いたりしないで下さい」
 永泉は、あかねをギュッと抱き締める。
 あかねも永泉の胸にそっと顔を埋める。
「もっと、強くなりたいな…」
「あなたは、充分強い方です…」
 永泉のその言葉にあかねは小さく首を振る。
「ううん。私は、弱いの…」
「私があなたをお守りしますから…、あんまり強くなり過ぎないで下さいね…」
 永泉は、そう言うと、腕の中のあかねをもっと強く抱き締めた。
 胸の中に芽生えた不安を打ち消すように…。


                  続く