神聖なる者



 月明かりの下、永泉の唇がぎこちなくあかねのそれに重ねられる。
 あかねは、そのぎこちない口づけを静かに受け入れる。
 二人の唇が離れた瞬間、あかねは、その月明かりから自分の顔を隠すように、永泉の胸に
顔を埋めた。
「何か…照れますね」
 永泉の胸の中で小さく告げるあかねに、永泉も顔を赤らめる。 
「そっ、そうですね…」
 あの日、京に残る決意をし、永泉と一緒にいることを選んだあかねだったが、二人っきりで会
うのは、本当に久しぶりのことだった。
 永泉の還俗のことや、その後のことで、思いのほか時間がかかってしまい、なかなかこうして
ゆっくり二人で会うと言う時間もなかった。
 だから、こうして、二人で会い、口づけを交わすのは、二人にとって初めてのことだった。
「でも、凄く幸せ…」 
 そう呟くあかねを永泉はしっかりと抱き締める。
「神子より、私のほうが幸せです」
 それは、永泉の本心から出た言葉だった。人をこんなに愛することが自分に出来ると言うこ
とを証明してくれた少女が、今、自分の腕の中にいる。それはとても幸せなことだった。
「夜が明けても、夢じゃないといいな…」
 あかねが、ぼんやりと彼の腕の中で呟く。
 永泉は、そう言って、自分を真っ直ぐに見つめてくるあかねに、また一つ、口づけを落とした。
 さっきよりもゆっくりと深く…。
「もし夢ならば、一生覚めることのないまま、儚くなってしまいたい…」
 そう言って、儚げに微笑む永泉の頬を、あかねがギュッとつねる。
「痛…っ」
「そういう悲観的なことを言うのは、この口ですか? まったく、全然変わらないんだから…」
 そう言って笑うあかねを永泉が困ったように、見つめる。
「そういうところも、好きなんだけど・・・」
 そう言って、今度はあかねの方から永泉に口づけた。二人の影が重なる。
 月だけが二人を見ていた。


 静かに夜は明け、そこには微かに寝息を立てるあかねがいた。
 そして、その傍らには、昨日あかねを見つめたまま、眠ることの出来なかった永泉がいた。
自分の手に入れた幸せが、眠りについた瞬間、儚く消えてしまうことを恐れたからではなく、初
めて見る、神子ではなく、自分の愛した女性の寝顔をずっと見つめていたかったから。
 そして、愛しい人は、眠りから覚め、隣を探る。そして、永泉の手に辿り着くと、安堵したよう
に微笑んだ。
「おはよう。あとね、お誕生日おめでとう。誰よりも、一番最初に言いたかったんだ」
 永泉は、その言葉に微笑む。
「来年も、再来年も、十年後も、ずっとずっと一番に私に、永泉さんにおめでとうって言わせて
ね。約束だよ」 
 そう言ったあかねに、永泉は何度も頷いた。まるで、神に誓いを立てるかのように…。


                     終わり

本人的には、頑張って甘く仕上げたつもりなんですが、どうでしょう? 甘くなってるんだろうか? 
 連載が暗いから、せめて読みきりはと思って頑張ったんだが、あんまりその頑張りが出ていない気も…(苦笑)。
 タイトルは、あかねにとっての永泉、永泉にとってのあかねといった感じで付けました。
 期間限定ですが、フリー創作なんで、良かったらもらってやってください。