茨の海<二>


 先ほど、永泉がこちらを覗いていただろう場所へと歩いていくと、あかねは、椿の模様の彫ら
れた笛を拾い、大事そうにしっかりと両腕で抱き締める。
「本当にこれでよかったのか、神子?」
 泰明はあかねの後ろ姿に尋ねる。しかし、あかねはそれに答えず、ただギュッと永泉の笛を
抱き締める。
「後悔しないか…?」
 再度尋ねる泰明に、あかねは小さく首を横に振り、苦笑した。
「いいの。私ね、どうしてあの時ああしなかったんだろうって後悔するの、嫌いなの。それぐらい
だったら、どうしてああしちゃったんだろうって後悔するほうが百倍マシ。それに、後悔し始めた
ら…、キリがないよ。時間は戻せないから、水の流れと同じように留まることを知らない。人は
ただその流れに身を任せるしかないの…」
 あかねのその言葉に泰明は静かに頷く。
「そうだな…」
「でも、もし時を戻すことが出来たとしても、時を戻そうとは思わないけどね」
 あかねは、そう言って、無理に笑顔を作る。
「どうして?」
 泰明は、ごく自然にそう問いかけていた。
「だって、今までの思い出が全部無かったことになる方が、もっと辛いから」
「そうか…。神子、これからどうする?」
「とりあえず、帰らないと…」
「そうだな…。ひとりで大丈夫か?」
「そこまで、迷惑かけるわけにはいかないから…。それに私、もう神子じゃないから…。神子っ
て呼ばないで…」
 あかねはそう言って微笑むと、ゆっくりと、しかし、しっかりとした足取りで屋敷へと続く道を歩
き始めた。
「しかし、私にとってお前は神子なのだ…。あの日と変わらず…」
 泰明はあかねに聞こえないぐらい小さな声で呟いていた。
「私たちは、一体どこで間違えてしまったんだろうな…」
 泰明は、一点の陰りもない空に問いかけた。しかし、空を仰ぎ見る泰明に答えが返ってくるこ
とはなかった。

                   続く

 続いても、すっきりしない話。今回は、最後の最後まですっきりしない感を味わうであろう、話です。書いている本人
もすっきりしなかったり…(苦笑)。今回の話は、かなり時間が行ったり来たりしてしまうんで、頭がこんがらがりそうで
すが、お付き合い下さい。