茨の海<五>


  そんな平和な日々がこれからずっと続くのだろうと、二人は思っていた…。何の代わり映えの
無い毎日。
 しかし、それが、いかに大切な日々であるか、二人は良く知っていた。
 だが、そんな平凡な幸せさえも、神は二人から簡単に奪い去ってしまった。
 
始まりは、あかねの見た不吉な夢だった。それが現実にならぬよう、あかねは誰にも夢の内容
は言わず、神にひたすら祈り続けた。
 どうか、彼のお兄さんを奪わないで下さいと…。
 それは、あまりに悲しい願いだった。神が叶えるはずの無い願いほど、悲しく無駄なものは無
かった。

 帝の体調があまり優れないらしいと聞いたのは、あかねがあの夢を見てから数ヶ月後のこと
だった。
「兄上の…、帝の体調があまり良くないらしいのです…」
 永泉は、そう言って、表情を曇らせた。
「そんなに…、悪いんですか?」
 あかねは、祈るような気持ちで尋ねる。
「ええ。もしかすると、帝は子供の顔を見られないかもしれません…」
 永泉のその言葉にあかねは、何を言えば良いのかわからなかった。
「………」
「あかねにも…、迷惑をかけてしまうかもしれません…」
 そう言って、頭を下げる永泉を、あかねはギュッと抱き締める。
「やめて…。そんな風に謝ったりしないで…。あなたが…、とても辛いのはわかっているから…」
 そう言って、あかねは永泉を抱き締める腕に力を込める。
「どうして、兄上がこんな目に…。兄上は、まだこの京に必要な方なのに…」
 永泉あかねの胸に顔を埋め、嗚咽を上げる。
「うん…」
「兄上よりも、私のほうが儚くなってしまったほうが良いのに…。私が兄上の代わりに、儚くなっ
てしまえたら良いのに…」
 永泉は、そう呟き、涙を流す。
「誰も誰かの代わりには、なれないよ…。あなたは、自分のことを儚くなってしまったほうが良い
というけど…、私には、あなたが必要だもの…。それに、そんなことをお兄さんが聞いたら、き
っと悲しむよ…」
 そう呟くあかねの瞳からも、涙が零れ落ちていた…。
    
                       続く
 幸せな二人を書くはずだったのに、不幸ゾーンに突入しちゃいました。ごめんなさい。これからは、ずっと凹みます
…。