君がため<九>


  しかし、あかねは永泉のその言葉に、首を振るだけだった。
「あかね殿…」
「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに…」
 そう言って、あかねは永泉に深々と頭を下げる。
「そんな…、やめて下さい。あかね殿がそのように私に頭を下げる必要は無いのですから…。
だめですね、私は…。あなたと泰明殿のためと思いながら、その実、私は自分のために、ここ
にこうして来たのかもしれません…。あなたが決して幸せではない思い、自分の中の正義を振
りかざし、ここに来たのかもしれません…」
 永泉はそう言って表情を曇らせた。
「永泉さん…」
「私は、あの頃と何も変わってませんね…」
 そんな永泉に、あかねは微笑んだ。
「そんなこと無いよ。永泉さんの言葉に、昔の私も今の私も、救われてるよ」
「ですが、私はあなたたち二人に何も出来ないのです…」
「そんなこと無い。私が、泰明さんのことを確かに愛していると、こうして口にして、永泉さんの
記憶に残ることで、私は救われてるよ。ありがとう」
 そう言って、あかねは永泉の手を取った。
「ですが、私の勝手な考えかもしれませんが…、やはり思いは、伝えなければ届かないのでは
ないでしょうか? 遠く離れていても、心は一つかもしれない。ですが、泰明殿は、あかね殿の心
を誤解している…。それに…、この状況が決して皆さんにとって良い状況とは、私には思えな
いのです。皆さんが、自分の思いに嘘をつきながら、空虚な生活を続ける。それは、何も生み
出すことはありません…。誰も救われはしないのです…。あかね殿も、泰明殿も…。そして、友
雅殿も…」
 永泉は、悲しそうな目であかねを見つめ、そう言った。
「私が救われないとは、一体どういうことかな、永泉様?」
 思いがけない声に永泉の顔から、血の気が引く。
「あんまり感心出来る行いではないねぇ。帝の弟であるあなたが、家人のいない家に上がり、
私の妻を誑かすと言うのは…」
 その言葉に永泉は、苦々しい表情を浮かべ、手をグッと握り締める。
「自分に心の無い者を、こうして無理やり囲っておきながら、数多の女性と浮名を流すことのほ
うが、感心できる行為だとは思えませんが?」
 永泉は振り返り、友雅を真っ直ぐに見据えた。
 永泉のその言葉に、友雅は少しばかり笑みを浮かべる。
「おや、永泉さまも随分言うようになりましたねぇ…。ですが、言わせていただくと、このことはあ
かねも承知していることなのですよ。これは、私とあかね、お互いが納得尽くでしていること…。
部外者のあなたが出てきて、どうこう言う事ではないのですよ…。他人のことに口を挟むのは、
無粋なことだと思われますが…?」
 そう言うと、友雅は酷く威圧的な目で永泉を見た。
「ですが、私にはこの状況が決して良いとは思えないのです…」
「だから、あなたには、関係ないと言っている!!」
 友雅は、それまで抑えていた感情を一気に噴出させたかのように、大きな声を出した。
「さあ、お帰り下さい」
 友雅はそう言うと、永泉を無理やり屋敷の外へ追いやった。

                         続く

 久しぶりの更新に、もう忘れられている話かもしれませんが、まだ続いております。そして、今回も泰明殿、登場せ
ず。いい加減、ネガティブ思考から浮上するかと思いきや、友雅氏の登場で悪化・・・。自分で書きながら、本当にどう
しようもないね、この人たちは…と言う気分ですが、そろそろあの方にも登場していただかないとね…。