ひとり<一>



 うち日さす 宮道を人は 満ち行けど
       わが思ふ君は ただ一人のみ
                 (柿本人麻呂歌集)


 何も感じない身体。
 それを昔、私は確かに手にしていた。しかし、今は違う。
 私の身体は、愛することを覚えてしまった。
 悲しいという感情を知ってしまった。
 寂しいという感情を知ってしまった。
 切ないという感情を知ってしまった。
 それは、手に入れたくもあり、手に入れたくもなかった感情だった。
 こんな感情は、人ではない自分には必要なく、ただ煩わしさを覚えるだけのものだと思ってい
た。
 しかし、この感情を私に与えてくれた彼女を愛おしいと思うのには、自分が煩わしいと思って
いた、人としての感情が必要だった。
 そして、彼女を思うためだったならば、こんな煩わしい感情も悪いものでなかった。
 彼女の微笑み一つで、この煩わしい感情は、私を幸福で満たしてくれた。彼女が、隣にいてく
れる。それは、この上なく、私を幸せに気持ちにさせたのだった。

 
 ゆっくりと目を覚ました泰明は、周囲を見渡す。
 そして、今日もまた、隣に愛しい人はいないのだと再確認させられる。
 あの日、二人は手と手をしっかり握り締め、決して離れないと誓った…はずだった。
 しかし、目が覚めた時、泰明は一人きりだった。
 広い大地。真っ白な銀世界で、たった一人、泰明は置き去りにされた子供のように、ただ呆
然と立ち尽くすしかなかった。
 初めて来る愛しい者の世界。愛しいものと二人、その大地を踏みしめるのだろうと信じてい
た。
 しかし、異世界の扉を開けたあの日、二人は、別々の道が用意されていたというのだろうか?
 泰明は、あかねの無事をただただ祈り続けた。
 そう…、ただあかねの幸せだけを祈っていた。


                               続く