君がため<十>




 永泉は、心配そうな面持ちで友雅の家を振り返りながら、その場を後にするしかなかった。

「君がこんなふしだらな女性だったとはねぇ。泰明殿の件があったから、まあ、誠実な姫君とは
言えないだろうとは思っていたが…。本当に、君はあの短い期間に、一体何人の男を誑かした
んだい? 八葉、全員誑かしたのかな?」
 そう言って、友雅はあかねの顎を掴み、顔を上げさせる。
 あかねは、そんな友雅の視線から逃げるように顔を背けた。
「私以外が相手だと、君はあんな饒舌に話すんだねぇ。一言も口を聞かないから、私はてっき
り君は、言葉を忘れたものだと思っていたよ」
「………」
「永泉様に何を言ったんだい? 涙ながらに、私をここから救い出してくださいとでも言ったのか
い? 私は、友雅さんにここで飼い殺しにされているんですと、慈悲深い彼に救いを求めたのか
い? 涙を流し、同情を買い、媚を売って、ここから逃げようと思っていたのかな?」
 友雅は薄い笑みさえ浮かべながら、あかねにそう尋ねる。
 あかねは、友雅のその問いに小さく首を振った。
「おや? 頼まなかったのかい? それは、君が少しは私を好いていてくれると言うことなのか
な?」
 友雅が、少し悲しげな笑みを浮かべた…ように見えた。
「まあ、君が永泉様に救いを求めたところで、私は君を手放すつもりはないがね。それに、泰
明殿だって、君がここにいるのは噂で耳にしているはずだ。だが、君の好きな泰明殿は君を迎
えに来てはくれない。泰明殿は、君の事をもう忘れてしまっているのかもしれないねぇ。確か、
泰明殿に自分の娘を…と、名乗りを上げている方も結構いらっしゃるようだから…。泰明殿
は、泰明殿で楽しんでいるかもしれないねぇ。確かに、君のような異世界から来たと言うこと以
外、何の面白みもない傷物を、誰も好んで自分の妻には迎えようとしないだろうし…。まあ、君
は、この屋敷を出たところで、どこにも行くところがないと言うわけだ。君もそれは良くわかって
いるようだね」
 友雅はそう言うと、あかねをそっと抱き締めた。
 それは、最近の友雅からは想像もつかない優しい抱き締め方だった。柔らかいものをそっと
抱き締めるようなそんな優しさ。
「だから、君はずっとここにいるんだ…」
 友雅はあかねに聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
           
                     続く