君がため<十四>


 あかねをその手に抱くようになってからも、ふとした瞬間に、あかねの中に泰明の存在を感じ
ずにはいられなかった。
 庭の藤の花が咲いたのを見たあかねは、その房に懐かしそうに触れ、その藤を慈しむように
微笑んだ。
 そんなあかねの様子を不思議に思った友雅が尋ねると、友雅が背後に来ていたことに全く気
づいていなかったあかねが、驚いたように振り帰り、目を瞠った。
 そして、そんな自分を隠すかのように、微かに笑みを浮かべると、小さな声で答えた。「綺麗
だなって思って…」
「そうだね…」
 友雅はそう言って、藤の花に触れる。そして、一房取ると、あかねの手のひらに乗せた。
「…………」
 あかねが友雅のそんな行為に首を傾げる。
「部屋に飾ったらどうだい?」
 友雅がそう言って微笑むと、あかねは困ったように微笑み、そして静かに頷いた。
 あかねが本当に見ていたのは、藤の花ではなかったのではないか?
 藤の花を通して、懐かしいあの日々を、泰明と一緒に過ごした日々を思い出していたのでは
ないか?
 だから、困ったように微笑んだのだろうか?
 それは、あかねにとっては、特別意味があったことではなかったのかもしれない。
 もしかしたら、本当にただ、藤の花を美しいと思っていたのかもしれない。
 
 しかし、友雅はあかねの日常の中から消え去ったはずの泰明を消し去ることは出来なかっ
た。今思えば、あかねの中から消え去らなかったのではなく、友雅自身の中から泰明の存在を
消せなかったのだ。
 二人の思いを知りながら、自分の欲望のために…、自分があかねを手に入れたいという思
いのために、本来結ばれるはずだった二人を引き離し、自分の元に繋ぎとめたという罪の重さ
に、友雅は耐え切れなくなっていた。
 それからというもの、あかねが物思いをするように遠くを見つめているのを見ると、泰明のこ
とを思っているのではないか、という思いが友雅の胸を絞めつけるのだった。
 そして、友雅はいつしかあかねを見ることが出来なくなっていた。あかねに触れることも出来
なくなっていた。
 それは、罰だったのだろう。真実を明らかにせず、あかねを手に入れた友雅への…。そ、友
雅は思っていた。
 だから、いっそあかねに嫌われて、見捨てられることを望んだ。自分のことなど捨てて、本当
に好きな男の元へ行けばいいと思った。
 それなのに、あかねは友雅が何をしようとも、この家から出て行こうとはしなかった。 だか
ら、言った。
「君に、触れる気はない…。普通の女となった君には興味が無いんだよ…。」
 あかねに触れる気がなかったのではない。
 友雅には、あかねに触れる資格がなかったのだ…。
 そう言って、自分からあかねを追い出しておきながら、あかねが泰明と共に姿を見せた時
は、心が痛んだ。やはり、あかねがいるべき場所は自分の隣ではなく、泰明の隣だったのだろ
うと、痛感させられた…。

                   続く

 <友さんSP>です。なんていうか、友さんもいろいろ苦労してるんです。可哀想な人なんです。こう来ると、書いてる
本人さえも結末がわかんなくなってきた…(苦笑)。