コラボ企画第二弾「奇跡の城」



 遠い遠い昔。遠い異国の話でございます。
 

 遠い遠い山を越えた先に、深い森へと繋がる道がある。道は茨で覆われており、その道を通
ることはとても困難だった。
 茨の道を抜けたその先には、大変美しい洋館があった。
 そこに足を踏み入れるものは、一夜の夢を買いに来る者達。
 この館に来る者達は、本当に何かを強く望む者達だった。
 それは、金で買うことの出来ないもの…。
 そして、泰明も例外ではなかった。
 
 泰明は、可哀想な男だった。外見も美しく知識もあり、裕福である彼をそのように思う者はい
ないだろう。
 しかし、確かに泰明は可哀想な男だった。 
彼に家族はいない。幼い頃に父母が亡くなり、彼は遠い街に住む祖母に引き取られた。
「いつか、必ず会いに来るよ」
 そう、幼なじみの少女に言い残して。
 その数年後、彼を引き取って育ててくれた祖母もしばらくして亡くなってしまった。
 彼の祖母が亡くなると同時に、彼の元には莫大な遺産が舞い込んで来た。
 彼を慕ってやってくるものは多い。男も女も、彼の周りには大勢いる。
 しかし、彼はその者たちの誰一人として信用することが出来なかった。彼らは皆、泰明の外
見や金に群がっているだけだった。 
 そして今日、彼はこの館の前に立っている。

「遠い遠い山を越えた先に深い森があってねぇ、奥には綺麗な館があるんだ。そこには自分が
本当に欲しいものがあるのさ」
 泰明がまだ幼い頃、母や祖母が寝物語に聞かせてくれたものだった。
「泰明は、何でももらえるとしたら何が欲しい?」
 祖母の言葉にしばらく悩んだ後、
「怖いからいい」
 と泰明は答えた。
 欲しいものが本当に何でも手に入るのならば、自分を置いて死んでしまった父母を欲しいと
泰明は言いたかった。
 しかし、そういえば祖母が悲しい顔をするだろう、祖母を悲しませてしまうだろうと言うことも泰
明にはわかっていた。
「おや、泰明は随分怖がりなんだねぇ」
 祖母はそう言って不思議そうに笑ったものだった。
「でもね泰明、よくお聞き。本当に欲しいものがある時はそこに行くと良い。その代わり、そこに
行くためには正直でないといけないよ。綺麗な心の持ち主じゃないと茨はその人を取り殺してし
まうのさ。だから、いつも正直でいるのだよ」
 祖母は、必ず最後にこう言った。
 
 自分の金や外見に群がる者達に、泰明はもう誰を信じることが出来なくなっていた。
 そして、自分もひどく汚れた者のように思っていた。そんな時、祖母が話してくれたこの話を
思い出したのだった。
 自分が欲しいと思っているものは何だかわからなかった。祖母が自分に話してくれたあの話
を、本当に信じていたわけでもなかった。
 しかし、もし祖母のしていた話が本当ならば、汚れきってしまった自分を茨の道が取り殺して
くれるのではないだろうかと、泰明は思っていた。
 だが、茨の道を無事通り抜ける事の出来た泰明の目の前には、この白い美しい洋館があっ
た。
 泰明は、重い扉をゆっくりと開ける。自分の望むものが何なのかわからないまま館に入ること
に、躊躇いを感じていないわけではなかった。
「いらっしゃいませ。お望みのものは何ですか?」
 館のオーナーらしき男に泰明は問われ、辺りを見回す。
 そこには、初老の男が少女の話を楽しそうに聞いている姿、幼い少年が一生懸命に女性に
話をしている姿などがあった。
「ここは、お客様に夢を見ていただくための館です。お客様は、何をお望みですか?」
 彼はそう言って、微笑んだ。
「私は……」
 そう言って、泰明は視線を泳がす。彼の目に一人の少女の姿が飛び込んだ。真っ白なドレス
を着た少女は表情も無く、ただ空を見つめていた。泰明は、少女に心を奪われてしまってい
た。
「あの娘をご所望ですか?」
 オーナーの言葉に泰明は頷く。
「あの娘は、今日やってきた者です。呼びましょうか?」
「いや、いい」
 泰明はそう答え、少女の元へと歩き出した。そして、胸ポケットから金を出すと、少女の目の
前に置いた。
「これで、お前を買うことは出来るか?」
 少女は泰明をチラと見たが、また空を見る。
「じゃあ、これならどうだ?」
 泰明は、身につけていた宝石を少女の前に置いた。
 しかし、少女は今度はそれらを見ることも無く、無表情で空を見つめたままだった。
「いったい、いくら払えばお前は私のものになるんだ!!」
 泰明は、そんな少女に苛立ったように声を荒げる。泰明の声に、ピンと張り詰めた空気が流
れる。
「何も…。ここは、お金で買うものは無いのです。あなたがただ一言おっしゃれば…」
 泰明は、少女のその言葉に困惑した。
 祖母が無くなってからというもの、金に群がり、金のために自分を慕ってくる者達を見てきた
泰明にとって、金で手に入れられないものをどうすれば手に入れられるのかわからなかった。
 泰明の脳裏に、幼い頃、祖母に言われた言葉が甦る。
 正直に、自分の思いに正直に…。
「私を好きになって欲しい。何も持たない私を…」
 泰明は、少女に手を差し出す。




 自分でも気づかないうちに、泰明の頬は涙で濡れていた。
「もちろん」
 少女は、差し出されたその手を取る。
「ずっとあなただけを待っていたのよ。あなたは、私を忘れてしまったかもしれないけれど…」
 そう言うと少女は微笑んだ。泰明は、その少女の笑みに見覚えがあった。確かに自分は、こ
んな風に微笑む彼女をどこかで見たことがあった。
「必ず会いに来るよ」
 少女のその言葉に泰明は驚きの余り、目を瞠る。
「あかね?」
 泰明のその言葉にあかねは静かに頷いた。
「ここは、本当に欲しいものが手に入る場所。そう、あなたが言ったから、私はずっとここで待っ
ていたの。いつかきっとあなたに会えるだろうと思って…」
 幼い自分の拙い約束を、あかねはずっと覚えてくれていたのだった。
「ありがとう…」
 伝えたい言葉は他にもたくさんあった。
 しかし、泰明はその一言しか言えなかった。
 心の底から、こんなに幸福だと思ったことは、家族が亡くなってしまってからは無かった。
「お嬢さん、あなたの欲しい物は手には入りましたか?」
 先程から二人を見ていたオーナーが声をかける。あかねは、後ろを振り返り微笑んだ。「そ
れは、よろしゅうございました。それでは、あちらにお帰りなさいませ。また、欲しいものが出来
た時にお会いしましょう」
 オーナーはそう言うと、扉を開ける。
 扉の向こうには光が差し込み、花が咲き乱れていた。
 二人は手を取り合って扉の向こうへ一歩足を踏み出す。
「ありがとうございます。しかし、今の幸せ以上に欲しいものなどありませんから、もう会うことも
無いでしょう」
 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「それでは、いつまでも幸せにお暮らしくださいませ」
 オーナーは、深々と二人に頭を下げる。
 二人も深々と頭を下げた。

 その館は、遠い遠い山の向こう。茨で覆われた道を越えた、深い森の中にある。そこに辿り
着ける者は、正直な美しい魂を持った者達だけ。そこに行けば、本当に欲しいものが必ず手に
入ると言う。


                                終わり

 今回は、パラレルにしてみました。このコラボ企画、初めにイラストありきなもので。一応、クリスマス企画になって
おります。物語っぽくしてみたんですが、どうでしょう?