茨の海<八>

 「皇后にしてしまえば良い。あのような女など…」
 あかねがその言葉を耳にしてしまったのは、ほんの数日前のこと。本当に偶然のことだっ
た。
「我が娘を中宮にするためには、それしか手はあるまい」
 そう言って、男はいやらしい笑みを浮かべる。
「帝は一度出家している身。政にはさほど興味も無かろう。こちらが言うがままの人形としては
ちょうど良い」
「しかし、そううまくいきますか、大臣様。帝は今もなお、あの左大臣が後見となっている娘のみ
寵愛し、一切側室を持たぬ身ゆえ…」
 その言葉に男がふぅむ、と頷いた。
「しかしながら、あの娘に何の価値があろうか。あの娘が来て、前帝は天に召された。災いしか
呼ばぬ娘よ…」
 その言葉にあかねは足元が崩れ落ちるような気がした。
「あの娘が寵愛を受けるよりも、我が娘のほうが寵愛を受けるにふさわしかろう。我が妻に似
て、なかなかの器量だ。帝の寵愛も簡単に手に入れることが出来るだろう」
「右大臣様の天下が訪れると言うわけですな」
「おお。我が世の始まりじゃ」
 この言葉に上機嫌で右大臣は頷く。
「しかし、帝は前帝の御子を東宮にと考えているようだと伺いましたが…」
「それは、己に子がおらぬからだろう。己が子が生まれれば、帝とて人の子。そちらを東宮にと
考えるだろう」
 その言葉に隣の男がそれもそうですな、と頷く。
「もし、あの娘の腹に子が出来たなら、その子はうまく始末してしまえば良い。これで」 そう言う
と、男はチラと包みを見せる。
「私もよう詳しくはわからぬが、役には立ってくれそうだ。なぁに、鬼の仕業だとでも言えばどうと
でもなろう」
 ほぅ、と隣の男はその包みを手にしようとするが、男はすぐにその包みを懐にしまった。
「我が娘が中宮になること。それがこの京に平安をもたらすことになるのだ」
 ククッと笑う声が聞こえる中、あかねは後ずさり、そして早足で歩き出す。
 永泉と契りを結ぶ。それは、この上ない至福を確かに自分にもたらしてくれた。
 しかし、どうだろう。今の彼はもう、永泉ではなく京の帝。それが意味することを、この時まで
あかねはよく理解していなかった。
「私は一体どうすれば良い?」
 誰に聞くでもなくあかねは呟く。答えは返ってくるはずもない。 
「どうすれば良い?」
 あかねは、見つけることの出来ない答えを求めるように空を仰いだ。
 しかし、空にはただ流れ行く雲あるだけで、答えを見つけることは出来なかった。

 久しぶりというか、とんでもなく更新していなかったので、この話があること自体忘れ去られてしまっているのかもし
れないのですが、覚えていただけていると幸せってことで、更新させていただきました。しかし、この展開って、永泉
好きとしてどうなんだろうという疑問も…。まだまだ続きますので、お付き合いくださいませ。