茨の海<九>


 あかねが自分に何か隠し事をしているのだろうことを永泉は少なからず感じていた。
 あかねは気づいていないかもしれないが、あかねが嘘をつくとき、隠し事をしている時、笑顔
が違うのだ。
 いつものような屈託のない笑顔ではなく、少し愁いを帯びた物悲しげな笑顔。
 そんな笑顔をさせたくはないと思っていたのに、自分が帝になってからというもの、あかねに
はそんな笑顔ばかりさせているような気がする。
 大丈夫。心配しないで。そう、言われるたびに永泉はとても悲しく感じるのだった。
 こんなことを言ったら、あかねは困らせてしまうかもしれないが、あかねを悲しませてまでこの
京の人間を守りたいという思いは永泉にはない。
 永泉は、あかねの笑顔を守ることが出来ないのなら、兄との約束など破ってしまっても構わな
かった。あかねのためだけに生きたいと自分は存在して良いのだと、あの日知ってしまったか
ら。
 こんな自分を兄は、どう思うだろうか。酷い弟だと、駄目な弟だと思うだろうか。
 しかし、永泉は思っていた。あかねが一言、『帝を辞めて欲しい』と言ったその時には、すぐに
でも帝の地位を譲ろうと……。

「あかね。今日は具合はどうですか?」
 そう声をかけ、あかねの部屋をそっと覗く。
 永泉の姿にあかねは、寝床から少し体を起こし、彼に心配をかけないように微笑んだ。
「大丈夫。駄目だね。何だか最近すぐ疲れちゃって。あなたの奥さんなのに、全然奥さんらしい
ことしてない」 
 あかねは苦笑する。
「無理をしないで。私が帝になってから、あなたも色々と気疲れしているのでしょう。たまには、
どこかに出かけてみては? そうだ。藤姫のところはどうですか?」
 永泉の提案に、あかねは嬉しそうに顔を綻ばせるがすぐに首を振った。
「藤姫も忙しいと思うし。それに私が出かけて何か変な噂をたてられたら……」
 あかねのその言葉に、永泉が首を振る。
「大丈夫ですよ。あの家はあなたの生まれた家も同然なのですから」
「でも、それで逆に変な事を言われたら……」
「安心してください。私からもよく言っておきますから」
「じゃあ、行ってみようかな」
「それでは、文を届けさせましょう。明日の予定を聞いてみますね」
 永泉の言葉にあかねは頷く。
「それでは、あなたは今日はゆっくりしていなさい。まだ少し顔色が良くありませんからね。今日
一日ゆっくりすれば、明日には良くなるでしょう」
「でも……」
「私のお願いを聞いてください。あなたの体はあなた一人のものじゃないのですよ。あなたを愛
しく思っている私も、あなたが辛そうなのを見ているのは辛い。あなたには、いつも笑顔でいて
欲しいのです」
 永泉はそう言うと、あかねを寝かせ、額にそっと口づける。
「具合が良くなるまじないです」
 永泉は少し恥ずかしそうにそう言うと、部屋を後にした。あかねは、永泉が口付けた額に手を
当てて幸せそうに微笑むと、永泉の言いつけ通り眠ることにした……。

                          続く 
嵐の前の静けさ的な感じになってしまいましたが、ちょっと幸せそうな二人を書きたかったんです。幸せそうに見えて
ると良いんですが……。そして、最近、本当に更新遅れちゃってて、すみません。

                                   
茨の海<十>
茨の海<十>