罪と罰


かくばかり 恋ひむものそと 知らませば  遠くそ見べく あらましものを (恋ノウタより)

 たとえば、この胸を熱くする思い。
 これは一体何なのだろうか。
 遠い昔にも、私はこの思いを感じたことがあったのだろうか。
 昔の自分は、それを知っていたのだろうか。
 過去の自分がどんなふうに生きて、どんなものを見、どんなところで生きてきたのか。 それ
は、美しいものばかりだったのか。それとも、醜いものばかりだったのか。
 そんなことを考えたところで、何一つ思い出せはしない。

 私を待つ誰かがいるのか。それとも、そんな人は、どこにもいないのか。考えても無駄なこと
ばかりとずっと思っていた。
 そして、いつしか私は考えなくなった。
 本当の自分の名前。
 本当の自分の家族。
 本当の自分が生活してきた環境。
 それは全てなかったものとすることにした。
 初めから無かったものと思っていれば、この胸を痛めることも悩ませることもない。

 しかし、私は出会ってしまった。知ってしまった。神子殿に出会って――。
 神子殿を見れば、この胸は熱くなり、神子殿の笑顔にこの胸は、弾む。
 神子殿の明るい声に私の心は一気に上昇し、神子殿が苦痛に顔を歪めれば、私のこの胸も
痛む。
 それは、今まで知らなかった感情。
 それとも、忘れていた感情なのか――。
 神子殿に会える。それだけで、私は朝が待ち遠しくなった。朝も昼も夜も、私の胸を支配する
のは、神子殿の笑顔。声。
 しかし、自分のこの思いが、神子殿を傷つけてしまうと知った今、どうしてこの思いを貫くこと
が出来る?
 魂に埋め込まれたこの呪詛が、神子殿を苦しめる。
 日々成長し続けるこの思いが、いつか神子殿を傷つける。
 神子殿に恋をしてしまったこと――それは、お前の大きな罪。
 そして、愛しい神子殿を苦しめてしまうこと――それがお前への罰。
 恋などすべきではなかったのだ、ともう一人の私が私に告げる。
 わかっている。
 もう一人の自分に私は答える。
 でも、もう少しだけ――。
 私がたとえ己を失くす日が来たとしても、生きていけるように。
 神子殿を忘れてしまったとしても、その思いが存在したと感じられるように。
 もう少しだけ、神子殿を恋しく思う自分を許してほしい……。
 神子殿が、私を呼ぶ日が少しでも長ければ良い。
 その声が、いつも明るくあってほしい。
 だから、もう少しだけ――。もう少しだけ、神子殿の近くにいさせてほしい。
 そう、願った。


                               終わり

 別サイトのあづきなくに載せていた創作です。歌意は、恋がこんなに辛いものだってわかっていたなら、ただ遠くか
らあなたを見ているべきだったというものです。最近気がついたというか、まあ、前から気がついていたんですが、私
はどうもこんな方に弱いようです。一人では生きていけないような感じの。