捕らわれの身

現にか 妹が来ませる 夢にかも われか惑へる 恋の繁きに  (恋ノウタより)

                                          

 




 また、彼女の夢を見てしまった……。
 弁慶は、小さくため息をもらす。
 彼女の夢を自分が見る理由。
 それは、彼女が自分を思ってくれているからなのか。
 自分が、彼女を愛しく思っているからなのか。
「どちらでもないはず……」
 弁慶は自分に言い聞かせるように呟いた。
 彼女に初めて出会った時から、彼女が白龍の神子だと知った時から、決めていたこと。決し
て彼女に心を奪われはしない。彼女を欲しいなどとは思わない。
 彼女は、ただ自分の利用するコマでしかない。それ以外、あり得ないと言い聞かせていた。
 しかし、彼女に出会い、共に旅をする間、自分が彼女を夢に見る夜は増えるばかりで、決し
て減る事は無く、そして、今では毎晩彼女を夢に見るようになってしまっている。
 だから、眠れない。
 眠ってしまえば、また彼女の夢を見てしまうから。
 夢の中の自分は彼女の肌に触れ、彼女をこの手で抱いている。
 それは、自分の願望なのか。それとも欲望なのか。
 白龍の神子をこの手に入れたいと願っているのか。それとも、ただ一人の女性として、彼女
をこの手に入れたいと願っているのか。
 どちらにしろ、それは決して願ってはならないこと。
 彼女を利用すると決めた時点で、この心は、彼女に惑わされぬよう冷たく凍りつかせたは
ず。
 それなのに……。
 夢の中の自分は、彼女に触れる。そして、彼女もまた、自分に触れる。それは、互いに本当
に大事なものに触れるように。慎重に。壊さないように。
 弁慶は、先程まで見ていた夢を消し去るように頭を振る。
 朝は、まだ遠い。夜の闇はまだまだ続くようだ。
 弁慶は、再び目を閉じ闇の中へと自分の身を預けた。
「弁慶さん……」
 そんなに優しい声で私を呼ばないでほしい。弁慶は、その声から逃れるように寝返りを打つ。
「弁慶さん……」
 そんなに優しい笑顔で私の名前を呼ばないでほしい。君への本当の思いを隠すことが出来
なくなってしまう。
 それとも、夢の中だから、君もそんなに優しく私の名を呼ぶのだろうか。
「弁慶さん……?」
 そんな風に困ったように私を呼ばないで欲しい。この手が君を抱き締めてしまうから……。
 それも良いのかもしれない。夢の中なら自分の思いのままに君を抱き締めようと、罪にはな
らないだろうから……。
 弁慶は声のする方にそっと手を伸ばし、彼女を引き寄せると、優しく抱き締めた。
「べっ、弁慶さん……っ」
 何をそんなに驚いているのだろう。
「あの……っ」
 うろたえる君の声も愛らしいと思えてくる。
 ああ、私はすっかりきみに心を奪われているのですね。今見ているこの夢が永遠に覚めない
ようにと願ってしまうほどに……。この温もりが、現実のものであるようにと願ってしまうほどに
……。
 弁慶は、ゆっくりと静かに目を開ける。
 目の前にある望美の瞳に自分の姿を確認し、再び目を閉じる。
「弁慶さん……っ」
 ああ、なんて良い夢なのだろう。
 君の赤く染まった頬に、私の心はまた捕らわれた。
 
 
                 終
 
 初の弁慶×望美です。弁慶サンっぽく書けたでしょうか、不安です。別サイトあづきなくに載せていたものです。
 歌意は現実にあなたが来ていらっしゃるのか。それとも夢で私がまどっているのか。恋の激しさに、というものです
が、それっぽく書けてますでしょうか?