和顔愛語
鎌倉仏教協会の当時の大三輪龍卿(浄光明寺住職)会長から頂いた言葉です。
以下、先生のお言葉です。
仏教の教えには、六波羅密という言葉がある。
波羅密とは、 到彼岸という意味で、 迷いのこの岸から悟りの彼岸に渡るということです。
彼岸に渡るためには修行を完成させなければなりませんが、それには六波羅密といって、自ら実践すべき六つの項目があります。
それは布施(物質的・精神的な恵み・奉仕)・持戒(求道者として規律を守る)・忍にく(完全なる忍耐)・精進(正しい目的にひたむきにつとめ励むこと)・禅定(心を一つの対象すなわち悟りに専らそそぐこと)・智恵(全ての道理を明らかに見抜く洞察力と正しい考え)の六種です。
布施はその第一に上げられています。
この布施を分けて法施と財施とし、僧侶が仏の教えを一般に説いて精神的な恵みを施すことを法施といい、俗人や壇信徒が寺院護持や仏恩報謝・先祖供養のため、寺や僧に金品を贈ることを財施といいます。
この他、例え金品はなくとも、思いやりや心づくしで相手に奉仕し、喜びを与えることが出来るお布施があります。
それは、眼施・和顔悦色施・言辞施・身施・心施・庄座施・房舎施の七つで、これら七つの奉仕を無財の七施と経典に説かれています。
眼施は、優しい眼差しで相手に快い感じを与えること。
話顔悦色施は、常に微笑をたたえた穏やかな顔が人に喜びを与えお互いの人間関係を良い方向に導くこと。
言辞施は、心のこもった優しい暖かい言葉、これを愛語とも言って、心を伝え人を力づけ理解を深めることが出来ます。
身施は、自分の力で他人に奉仕すること。
心施は、良い心の働きが人を導き救うことが出来ると言うことです。
庄座施は、今風に言えば、シルバーシートで自分の座席を人に譲ることですが、言われてするのは本来の施しではありません。
房舎施は、読んで字の如く自分の住居を雨露をしのぐことの出来ない困った人に開放し社会奉仕することですが、これは実情に応じて考えるべき事と思います。
今ここに掲げた和顔愛語と言う言葉は、この無財の七施の中の和顔悦色施の和顔と言辞施(愛語)を組み合わせ、人と対応するとき、相手の身になって自分の身体や能力で出来る心がけ・態度・言葉等による奉仕の実践ということを四文字で表現したものです。
和顔愛語は「人間が生きていくための基本」ではないかと思います。