その後
★ 父の訃報をお世話になった先生方に知らせた。主治医には直接ご挨拶をかねて伺ったところ、沈痛な面持ちで「残念です。 私の患
者さん でも珍しい回復ぶりで私自身も楽しみにしていました。 ただ、苦しまれなかったのは幸いです。」と言われた。 ナースの
方々も涙して下 さった。
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5月3日から旅行に行くから「お土産買ってくるよ」と4月26日に言ったばかりだったのに。〜
★ 父の死後、皆さんから「心にポッカリ穴が空いたんじゃない?」と言われるのだが私たち家族は、全くもってその感覚はない。
むしろ父はより近くに居て私たちを見守っていてくれている様な気がする。 有り難い事に、連日お参りに来てくれる方が多く改めて
父の存在は大きかったんだなと感じた。 各種手続きに追われ私は毎日のように実家に通い詰めであっという間に時は過ぎて行った。
母の希望であった紫檀のお仏壇も四十九日には間に合い、賑やかな事が大好きだった父の為にあえて仏間は設けず
いつも皆がいる居間に置いた。
お墓は私の友人のはからいで、父の生家と我が家が見下ろせる小高い所にある霊園に建立した。
★ 親戚の何軒かは、父の写真を今も飾ってくれて、いつも話しかけてくれているとの事。
そして、皆が「会いにきてくれないかなぁ」と待ってくれている。
★ 父は2回私の所にやってきた。 父の初盆の後、私のところに来てくれた・・と私は確信している。 私は具合が悪く早くから横になっていたのだが戸の隙間から人が入ってくる気配を感じたが目はつむっていた。
その気配はだんだん私に近づき顔を覗きこむようにしてスーッと帰って行った。 あまり丈夫でない私の身体を心配してくれていた父。 きっと心配で様子を見に来てくれたのだと思った。 私は霊感などまったくもって持ち合わせていないのだがこの件に関してだけは絶対に父だと思っている。 2回目は私が娘の事で悩んでいる時にベッドサイドに父が居た。 その時は私の顔を見ている父の顔がはっきりとわかり、私は飛び起きて隣に寝ていた夫を揺り起こし「お父さんって死んだよね?」と問いただす程、そして寝室に飾ってある父の写真を見て「やっぱり、お父さん死んだよねぇ?」と確認する程現実的だった。 きっと、いつも心配して見守ってくれているんだろう。
★ 2002年4月
一周忌法要の食事会の際、パソコンで編集した父の17歳から亡くなった当日までの写真をスライドショーにして、
液晶プロジェクターを使って皆に見て頂いた。 ナレーションはぶっつけ本番で私がしたのだが、家で見ている時には何度も泣いていたのに、
本番では泣く事も無く話せた。 妹はあとで「お姉ちゃん、よく泣かずに言えたね。 私は涙でグショグショだった」と言った。
後で「こんな法要は初めてだった。良かったよ」と列席して下さった方にほめて頂いた。
きっと天国から笑って見ていただろうなぁ・・お父さん。。
★ 2002年6月
父が可愛がっていた私の長女はお嫁に行った。
来年には「ひいおじいちゃん」よ!!生きてたら、どんなにか喜んだだろうなぁ。
★ 2002年11月
我が家は、来春父の霊園のすぐ傍に引っ越す事になった。
もしかして、お父さんが呼んでくれたのかなぁぁ??
お父さん、HPができたよ。天国から見える?
もしかして、あきれてる??
★ 2003年1月15日
父の曾孫が誕生したよ!
「男の子」だったよ。
お父さん、生きてたら大喜びだっただろうな。
★ 2003年3月
お父さんのHPを見て、相談メールがたくさん来てるよ。
少しでもお役に立ててるかも。
★ 2003年3月1日
次女は無事に高校卒業した。
合格した時、喜んでくれたよね。
★ 2003年3月28日
お父さんのお墓の近くに引っ越したよ。
お墓参り、しょっちゅう行くからね。
★ 2003年4月27日
三回忌。
みんなお参りに来てくれたよ。
お墓もお花でいっぱい!
★ 2003年4月29日
新居にみんなが来て、パソコンで作ったアルバムを見たよ。
お父さん、いーっぱい写ってる。
どこからか見てたかな?
★ 2003年4月30日
2年前の今日、神戸に行く段取りを電話で話したよね。
あれが最後だなんて・・
★ 2003年5月1日
2年・・過ぎてしまった。でもずーっと前のような気がする。
今日はお父さんの写真を持って食事に行って一緒に乾杯したよ。