日米戦後の経済成長

                           木下秀人 1999.5.6 

                                 11.24補筆

 バブル崩壊後10年が経過しようとしている。まだ景気回復の確証のえられぬ日本。対するにブッシュ政権下で銀行・S&Lの不良資産処理を終わって、史上空前の長期好況を享受しつつある米国。この10年の明暗がまことに対照的である点については異論はないが、なぜそうなったかについては議論がありうる。本稿はそれに深くは立ち入らないで、昭和30年=1955年から現在=1999年までの44年の経済成長の歩みを、いくつかの指標で比較考察してみた。

 考察した指標は、次の3項目である。

  1 株価 

  2 GDPと円/ドル為替

  3 資産=国富と対外資産

 

1 株価

 日本は東京証券取引所の日経平均225、米国はニューヨーク証券取引所のNY工業30種を取り上げた。両者とも、加重平均でなく最近躍進のソフト関連を含んでないなど問題はあるが、それぞれ指標として機能している。

東京株式市場               ニューヨーク株式市場

暦年  日経225  利回り PER     暦年 NY工業30種 利回り PER

55   345  425 7.9   7.2      55   388 488  4.1   7.9  

65   1020 1417 5.1  12.5      65   840 969  3.1  16.8

75   3627 4565 2.3  19.4      75   632 881  4.6   8.1

85  1152513128 1.0  28.3      85  11841553  4.3  15.1

89  3024338915 0.5  60.9      87  27221738  3.4  13.3

95  1448520011 0.7  86.5      95  38385216  2.6  15.7

98  1720513842 0.8  170.1      98  75809374  1.5  27.3      

99  1389816957 0.8  ――      99  918410878  1.2  35.4

 註 1 東京市場の利回り、PERは東証全銘柄平均、NYS&P500

   2 99年の数字は4月末までの高値安値、PERは予想できず記載なし

 

A 日本の株価は、55345425円であったが幾度かの調整をはさみつつ上昇を続け、

今99年4月末16701円、40倍。この間89年末には38915円、91倍まで舞い上がったがこれはバブル、見事につぶれてしまった。

 

B 米国の株価は、黄金の60年代で55年の500ドルから1000ドル近辺まで上昇したが、以後82年レーガン時代に1000ドルを抜くまで20年あまりのボックス相場。87年高値で5.5倍、10月ブラックマンデーで3.5倍に下がったが、その後盛り返して今21倍、日本の半分である。

 

C しかし、ここで中間点として75年を取ると、日本はそれまでに10倍、それ以後4倍。

米国はそれ以前は1.3倍、以後15倍と、前後の伸び率が逆転していることに注意。71年はニクソンショック、73年は変動相場制移行とオイルショック、75年はその調整中。米国ではすでに為替先物取引、株式先物・オプション、証券手数料自由化など、金融自由化とそれに対応する新商品開発競争が始まっていた。

 

D 株式は、不動産とともに金融資産であって、金利とのつながりを離れることができない。

それを離れて舞い上がったのがバブルであり、だから金融引き締め=金利引上げが価格下落に拍車をかけた。下がりすぎたといわれる今は、史上未だかつてない超低金利=金融緩和で企業体力回復・景気回復を待ち、株価を懸命に支えているのが日本。

 

E 利回りやPERを見ると比較的落ち着いているのが米国。日本の利回り低下は超低金利の帰結、PERのバブル期をはるかに越える数字もまた超低金利なしではありえないであろう。バブル期、日本の金融市場は機能不全であったが、今景気低迷=低収益経済の株価は超低金利によって辛うじて支えられている。これに対しグローバル市場の本家米国で、株価の上昇がバブルと警戒されている背景には、PERが過去の水準の2倍という異常な数値と貿易赤字に発する経常収支の赤字の膨大な累積=ドル暴落懸念がある。好調な経済と株高が外国資金の流入をもたらし、それがまた株高を刺激する。この好循環が止まった時資金の流れはどうなるか。インターネット取引などによる個人の株式市場への積極的・投機的参入がその危険性を加速する。異常さは株価に金利ヘの反応が薄れている点にも認められる。グリーンスパンFRB議長が、米国経済の過熱に警戒信号を発したのは9710月、株価はまだ8000ドル台に乗ったばかりであった。その後アジア金融危機、ロシア金融崩壊、LTCF危機などに対処しつついまや株価は10800ドル台乗せ。賃金上昇、労働生産性低下、物価上昇、などのインフレ懸念、その先にある株価暴落・ドル暴落懸念に対処し、微妙な発言と金利操作で市場関係者の信頼を獲得しつつグリーンスパン統御の米国金融経済は、史上最長の経済成長の果実を享受しつつある。果たして軟着陸は可能であろうか。

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2 GDPと円/ドル為替

A この43年間に日本のGDPは名目値で50倍、米国は19倍となった。1人当たりで見ると日本は40倍、米国は12倍であった。

 

B この間為替は、1ドル360円から120円になっているので、日本の1人当たりGDPのドル換算値は120倍、米国の伸び率の10倍となる。1人当たり賃金は日本、3960千円=33000ドルに対し米国、27700ドル。米国ではこの換算を為替平価でなくOECD算出の購買力平価を使うらしい。それによると163円/ドルで3960千円=24294ドルとなり、依然米国が上位となる。いずれにしても55年頃日米の10倍といわれた賃金格差は解消したのである。米国が刺激されないはずはないであろう。

 

       日 本                米 国

  年次  GDP   人口  1人当たりGDP       GDP   人口  1人当たりGDP  

  55 8.8兆円  89M人   99千円     4000億ドル 165M人  

                  274ドル                    2424ドル

  98 500兆円 126M人 3960千円    76000億ドル 274M人  

                33000ドル                   27700ドル

  伸び率  50倍  1.4倍   40倍         19倍  1.7倍     12倍

 

C 人口の伸び率、日本の1.4倍に対し米国は1.7倍。日本の増加は自国民の出生と死亡の差であり、今後高齢化と人口減少が予想されるのに対し、米国のそれは移民受け入れと低所得層の高出生率によると推定すると、米国の一人当たり所得の伸び率は、この人口増加によって低く押さえられ、またそれは新しい消費需要の源泉ともなって若い国米国の成長を支えてもいるのである。

 

3 資産=国富と対外資産

 経済企画庁が毎年発表している国民経済計算年報に、期末貸借対照表勘定があって、日本国民全体の資産負債状況を知ることができる。

                          各年末・単位兆円

  日本の国富        ‘70   ‘80  ‘90   ‘95   ‘97   

   在庫         22   65   75   74   79   

   純固定資産      98  526  977 1200 1307 

   再生不能有形資産  173  745 2420 1843 1729

   金融資産(除株式)  268 1183 3067 3715 3970 

   株式         27  121  594  455  335

  資 産 計      590 2642 7136 7289 7422 

   金融負債      266 1177 3007 3599 3809  

   株式         28  125  606  487  371

  正味資産       296 1339 3522 3202 3240 

 

A 1955年末の国富は32兆円であるから、42年間で国富は101倍となった。年率10%の伸びであって、平均名目経済成長率10%に整合する。なおバブルの頂点90年からの目減りは282兆円。このうち地価の値下がりは691兆円、株式は521兆円、これを合わせて1212兆円の目減りという話は間違いである。株式価格は他の実物資産と相殺されるべきものだからである。

 

B 対外純資産は、対外貿易関係によって生ずる経常収支の赤字黒字が蓄積されたものである。55年末3兆円が97年末124兆円、41倍である。日本の経常収支は60年代半ばまで、好況−輸入増−赤字−金融引締め−不況−輸入減・輸出増−黒字−金融緩和−好況という循環を繰り返しながら65年以降黒字が定着した。金融も為替も統制されている中で

貿易の自由化にさらされた製造業が頑張って国際競争力をつけたのである。

 

C 米国は日本のような国富計算を発表していないので直接の比較はできない。戦後、東西対立の中にあって西側諸国の復興は米国の援助なしにはありえなかったが、その援助費や軍事費負担が財政悪化をもたらし、ドル価格と金価格の乖離となり、ニクソンによるドルと金との関係の切断、変動相場制への移行となった。その後米国は貿易が71年から赤字、経常収支も77年から赤字、81年の対外債権1400億ドルをピークに、レーガン政権の84年には債務国に転落してしまった。悪名高き基軸通貨国のドル垂れ流しである。98年末対外債務15374億ドル、GDPの20%に当たる。日本の対外純資産124兆円はGDPの25%である。この状況に対し日本は、前川レポートが構造改革による黒字減らしを促したが、できたのは景気対策による内需振興にすぎず構造改革は先送りされ、バブルを招きその崩壊後も黒字が減らず、クリントンに円高攻勢をかけられ、折角のソフトランディングの芽を摘まれる始末であった。米国はレーガンが約束した軍事費削減が、ブッシュ時代に冷戦が終わって平和の配当で立場は逆転、クリントン政権下90年代の好況で、財政収支が黒字になったのに、日本は不況対策で財政赤字続きであることを付け加えよう。

 

D IMFによる国際準備の状況        単位=BSDR

         1SDR=1.3493ドル、金・外国為替・SDR特別引出権を含む

   年次      米国      日本      全加盟国

   52     24.7     1.1      49.3

          50%      2%      100%

   97     52.8   163.6    1284.1

           4%     12%      100%

45年間における日米の資金的立場の劇的逆転。GDPでほぼ半分しかない日本が3倍の資金保有。米国は国連の分担金の支払いさえ渋っているというのに、気前良くほぼ米国並の負担に応じている日本。常任理事国にもなれず発言力が比例していないのは、国際貢献の実績がはるかに及ばないからであろうかそれとも政治力の問題であろうか。

 

E なお、国の債権債務状況は資金繰りを表示するだけで、決済が順調に進んでいく限り何の問題もないことに注意しなければならない。日銀の98年度資金循環比較によると米国は、一般政府は+524億ドルなのに、金融機関−755億ドル、非金融法人−480億ドル、家計−172億ドル、その他−1221億ドルで資金不足計2628億ドル、差し引き2104億ドルを海外資金に依存している。日本は家計+32兆円、金融+21兆円、非金融法人+15兆円計68兆円の資金余剰で、一般政府−53兆円、海外−14兆円、その他−2兆円の資金不足を埋めている。政府の財政赤字をGDP比でみると、日本は10.7%に達するのに、米国は黒字が0.6%。米国の財政黒字は外貨準備に匹敵するが、対外債務はその30倍。日本の財政赤字の累積額はGDP1年分に達するといえども、外資に依存しているわけでなく、個人金融資産1300兆円がしっかり支えている。

米国の経常赤字は外資が支え、日本の財政赤字は民間貯蓄で十分まかなわれて、それぞれ決済資金に滞りはない。それぞれの赤字はそれぞれの経済運営の流れの中で時間をかけて縮小すればよいのである。

F 2000620日銀発表数字によると、日本の対外純資産残高は98年末133兆円,99年末84兆円に減少,理由は円高と株高。米国は98年末マイナス177兆円。それぞれの対GDP比率は日本17.1%,米国17.6%である。      00.6.21

 

4 おわりに

 戦後日本は、米国の防衛力に依存し、米国市場開放の恩恵を享受しつつ稀にみる高度経済成長を実現した.。だから日本はドル防衛に協力を惜しまず、ブラックマンデー前後の微妙なとき、ドイツは金利を引上げたにもかかわらず低金利を維持した。それを日銀の大失敗とは言えないであろう。それと別に、あれだけ米国から言われていたのに、金融自由化を渋り、不動産問題を放置し、円高恐怖症を脱却できず、バブルを発生させたのは日本側の認識と政治力の不足としか言いようがない。前川レポートが要請した構造改革は景気回復による内需振興にすり替えられ、飯田経夫教授すらその手品に気がつかない有様であった。勝海舟だったら機が熟していなかったとでも言うだろうか。にもかかわらず今実現されている経済水準は依然として米国を攻撃的にさせるに十分な高さであろう。経済運営における市場の意味を読み損なって自由化に遅れ、政治・社会システムの構造改革にも時間がかかって、10年間が足踏みのうちに過ぎてしまった。そして今ようやく何をすべきかが共通の認識となり、景気にも明るさが増しつつあるように見える。戦後システムの21世紀への転換の為に、そのくらいの時間は必要だったのではあるまいか。

他方米国は、冷戦の重荷から開放され平和の配当を享受しつつ、唯一の基軸通貨国として世界市場の流動性確保の為にドルを供給し(だから対外収支は赤字になる)、史上かつて見ない長期高度成長を実現し、なお残る内外の難問に対処しようとしている。宇宙船地球号の抱える問題は深く広い。米欧と協力しつつその解決に貢献すること。生活水準におい

て世界トップレベルに達した日本の今後の課題はそこにあるであろう。

                                 完

 

 補論=株価と為替と成長率

株価比較で、75年を境に日本は10倍−4倍に対し、米国は1.3倍−15倍と後半の伸びが大きいことを指摘した。これはそれぞれの通貨圏での伸びだから、相互比較には為替レ−ト(対ドル360円−300円−100円)を加味しなければならない。ドルの世界から見ると、日本後半の4倍は12倍となる。円の世界では4倍にすぎないといっても、円からドルを見れば15倍は5倍になって、日本とほとんど同じである。米国が頑張ったのは事実だが、日本が遊んでいたわけではない。貿易収支で、日本が黒字米国は赤字というパターンが、まさにその後半に定着し問題となり、大幅な円高への修正が米国政府主導で行われた。そしてようやく日本の黒字は減少気配であるが、米国の赤字は増え続けている。にもかかわらず為替変動が少ないのは「景気格差」=「成長率格差」が原因ではないか。いま米国は日本に成長率の向上を求めているが、日本の成長率向上は株価を上げ、円高ドル安を促進することになる。米国は貿易収支赤字=過剰消費問題をどのようにして是正するつもりであろうか。かつて問題だった双子の赤字のうち財政は黒字にした、円高は円独自高で米国為替の実効レートはドル安ではないと安心しているのであろうか。逆に日本は公共投資の大盤振る舞いで、巨額の財政赤字を抱え込んでしまったが、日本の製造業の強さに変わりがないとすると、米国の要求には依然として矛盾があるのではないか。

                          00.4.28