2002年の初めに

                          02.1.26  木下秀人

1 「失われた10年」という言い方に対し、オイルショック・ニクソンショック以来の対応が問題という意見が出るようになったのはうれしい。日米の株価を55年から02年まで比較すると、75年を中間点としてそれまで10倍,以後2倍が日本。米国はそれまで1.3倍,以後10倍。対照的な分岐点が75年である。それに明治維新後の官僚第三世代を絡ませるのは猪瀬直樹氏から得たヒントによる。

猪瀬直樹氏の「ペルソナ―三島由紀夫伝」の冒頭に、三島と大蔵省同期入省で次官・東証理事長などを勤め上げた人物を訪ねる話が出てくる。三島の家系は三代にわたって東大出の官僚。初代祖父は原敬によって見出され樺太庁長官までいったが政友会の政治資金にからむ経理操作を政敵に暴かれて家産を売り払って弁償、家計は余裕を失った。父は農商務省の農林系に入ったが有能ではなく水産局長で退官、国策会社に天下ったが敗戦で解散となり以後無職。家計の責任は戦後入省の三島由紀夫=第三世代にかかった。その三島は9ヶ月で退官し、背水の陣で書いた「仮面の告白」によって文筆生活に入った。

祖父の世代が明治維新後の藩閥時代に続く護憲運動・政党内閣と官僚の第一世代、陸海軍の軍備拡張・統帥権との戦いが歴史のテーマだった。父親の第二世代は岸信介に代表される軍国統制官僚時代。軍は下士官・兵を代弁する「皇道派」と中央参謀中心の「統制派」の争いとなり、皇道派が決起した2・26事件で統制派が圧勝。その統制派は中心人物永田鉄山の死後統制を失い大陸で暴走・敗戦。しかし国家総動員体制=1940年体制を樹立した官僚制は占領改革後も生き残り、高度成長路線を主導し、オイルショック・ニクソンショックまで続く。このとき戦後入省の第三世代の官僚達は、歴史的使命を終えた1940年システムの改革業務を放置してしまった。三島の自死には、第三世代が自らの生をこの国の未来につなぐ制度を構築できなかった空しさが関わらなかったであろうか。

今求められている構造改革は、戦前生まれの戦後派が成し遂げられなかった戦前第二・三世代システム=政・官・財癒着システムの解体である。小泉氏や改革の旗手達が、生まれは戦中といえどもほとんど戦後育ちなのはその象徴である。 

 

2 金融政策について、日銀にハイパーインフレになったらどうすると問いかけ、インフレターゲティング導入を求める議論は、まさに日銀がインフレ昂進を押さえている実績によって根拠を失い,政府と一体となってのデフレ阻止のための量的緩和の枠拡大が継続された。

構造改革によって魅力ある新商品・新サービスが市場に登場するには時間がかかる。その上に中国など低賃金国からの低価格商品が物価を引き下げ国産業界を圧迫している。この物価低下は当面する業界には不景気ではあるが、デフレスパイラルではない。改革の成熟を待つしかない。

米国がITバブルの崩壊後,グリーンスパンの相次いでの金利引下げに対し、ゼロ金利の日本と異なって実質金利が存在するのにもかかわらず、資金が銀行サイドに滞留する現象が現れ始めている。難しい局面である。

 

3 竹中氏が、自民反対勢力に押されての財政緩和論への小泉氏の反対に支持され,構造改革=国債増発抑制を貫いたのは正しい。財務省が主張しているように財政赤字は既に限界であり、インフレによる金利上昇は国債価格下落で金融機関に打撃を与えるし、借換金利の上昇は財政負担を増すばかり。じっと我慢のしどころである。

 

4 失業率はついに5%に達し、労使間でワークシェアリングなど賃下げによる雇用維持策が模索され始めた。米国がジョンソン時代に公民権法などによって人種・性・年令による就職差別を禁止したのに比べると、わが国は未だに女性・パート・派遣労働などへの差別がまかり通っている。新世代による構造改革を期待する。

 

5 公的資金の銀行への注入の不徹底が不良債権処理を遅らせ、景気回復の遅れにつながった。財政出動の公共工事は財政赤字を増やし、いたずらに問題企業を延命させるだけだった。公的資金大量注入効果の実例はブッシュ政権下のS&L整理に加え、隣りの韓国で実現した。1月9日の日経によれば,韓国の銀行は通貨危機直後100兆ウオン前後の不良債権を抱えていたが,政府が二度にわたり計148兆ウオン=15兆円の公的資金を出資や不良債権買取に投入した結果、21銀行の01年の決算は前年の赤字から5年ぶりに5.4兆ウオンの黒字に転換,各行とも通貨危機の後処理は完了したという。

わが国の金融機関は含み益は使い果たし法定積立金まで取り崩さないと決算できない。もはや先送りする余裕などない本当の土壇場に追い詰められてしまった。4月のペイオフ解禁を目前にして不良債権処理で3月決算は大赤字。それでもなお金融危機説が消えないのは「これで不良債権処理は終わり」という言明が繰り返されるばかりで実効が上がらず、情報開示に信頼性がないからである。これで本当に終わりにしてもらいたいですね。

 

6 それにしても小泉政権の登場は劇的だった。「改革無くして景気回復無し」の登場初年は国債発行30兆円に押さえる財政改革。今年は税制改革という。すでに自民党長年の「党の調査会による事前審査」慣例を打ち破って、内閣で法案を国会に上程するなど、国会を討論の場とするための改革が行われた。この改革の流れ、猪瀬流にいえば,40年体制どころか原敬時代以来連綿と続いてきた政権党の政治資金調達システムの構造改革ができるかどうか。21世紀に向かっての国運を左右する大改革である。そしてそれなくして靖国の英霊も三島氏も鎮魂されないであろう。第四世代に声援を送る所以である。

                           02.1.26