2004年の初めに

                  2004.1.8−19    木下秀人

 昨年は変化の多い年だった。国外では、イラク戦争は予想通りあっけなく終わった。その後のテロによる抵抗混乱は、識者の予想通りだったが、ブッシュ大統領とネオコンにとっては甚だ不本意な展開であった。年末のサダム・フセイン拘束で、ブッシュはようやく面目を保ち、減税政策の効果で株価も上昇し、大統領再選に向かって得点を重ねた。しかしブッシュの戦争に大義名分はあるのか。

 逸早くブッシュ支持を表明した小泉首相は、自民党の反対勢力の分断に成効して総裁選には勝利したが、反対勢力を抱え込んだ為に肝腎の構造改革を先送りとマスコミから非難され、イラク問題では復興資金に加え自衛隊の派遣を決め、日米関係こそ未だかつてない良好な状態に持ちこんだが、国内の不安反対を消しきっていない。隊員の活動が現地でどう評価されるか。全員無事で帰ってこられるか。今後の推移で夏の参議院選挙がどうなるか。波瀾を期待するのは野党ばかりではない。

 そこで今年は、以下の3点について、別稿で屁理屈を並べることにした。

 (1)米国は戦後國際政治の裏側で何をしてきたのか,たまたま「CIA−秘められた真実」というアルテ・フランス製作のドキュメンタリーがBSで放映されて,戦後米国の國際謀略の実体が明らかにされた。同じくBSで、べネズェラにおけるブッシュの民主政権への介入と民衆の蜂起による破綻についてのアイルランド製作ドキュメンタリー「チャべス政変の裏側」が続いた。二つとも外国テレビの製作で、しかし当時の現場フィルムと米国責任者の証言を編集した迫力あるもの。米国で放映されたかはわからないが、イラクで民主主義の普及を唱える米国が、実は民主政権の打倒転覆に力を尽くしてきた姿を映し出している。ベネズエラ2002年4月の事件は、今のブッシュ政権下の出来事で、石油に関わっている点でも象徴的である。

 (2)長引いた金融機関の不良債権問題は、4月、7607円という981012879円をはるかに下回る株価下落を招いたが、りそな銀行への公的資金注入で危機を乗り越えると、株価は外国人の買いで上昇を始め、たちまち9月末には10215円となり、3月末マイナスだった金融機関の保有株式評価をプラスに転じ、企業のリストラの進展による業績向上とあいまって、今度こそ峠を越えたと竹中金融相を安心させた。この間の政府とエコノミストの原因と対策論は、各説入り乱れてどれが正しいのかハッキリしなかったし、なかには局面の転換に応じて説を変ずる向きもあって、エコノミストの言説を比較評論する本さえ出版された。議論の整理もさることながら、そもそも日米の戦後成長の歴史的考察から立論するものが皆無であることが小生の不満である。要するにニクソン・ショック以後の金融自由化推進の差。米国では、民間の新金融商品開発と規制突破によって市場の自由化と民主化が次々に進展していった。これに対し、金融自由化は米国に押しつけられたという意識に支配された日本官民は、折からの角福政争と戦後護送船団方式のかりそめの成功で、遂に金融自由化の本質を掴むことなく、抜本改革を先送りする内にバブルに突入、最悪の条件下で課題に取り組む羽目に陥ったが、それでもなお問題の本質理解には時間がかかった。

 (3)最後に日米アジア経済問題と東西歴史の関連について。1月16日にフランス人のエマニュエル・トッドがNHKBSに出演して、米国の帝国支配は既に衰退期にあり、イスラム世界は今近代化移行期の社会的混乱状態にあるが、それは西欧でも宗教戦争や2回の大戦争を経て達成されたもの。社会的摩擦を収拾するのに時間はかかるが,いずれ解決されるという。小生はそれに、文明によって異なる論理的思考方式の差と宗教の神話からの脱却=宗教改革問題があると思う。かつて西欧をはるかにリードしていたイスラムが没落した原因は、未だに宗教が一切の世界を支配する=ファンダメンタリズムから脱却しきれていない、それが識字率の向上を妨げ,人間主体の社会建設を妨げているのではないか。 

 少し古いが、野田又夫氏の「哲学の三つの伝統」1974筑摩書房と、一昨年から読み始めた仏教の基本文献「中論」に触発され、また今もめている中東イスラム世界の現実を思い合わせ、考え続けている小論がある。まとまるかどうか。              

   以上