神野直彦氏の改革提言、武田龍夫氏のスウェーデン

1.1.       18 木下秀人

目次

神野直彦氏の「希望の島」への改革―分権型社会を作る

1 不況といわれる日本の現状

2 今は、世界的な構造転換時代

3 日本の課題と世界の対応

4 この十年、欧州と日本

5 スウェーデンがやったこと

6 EUがやったこと

武田龍夫氏の「福祉国家の戦い―スウェーデンからの教訓」

1 スウェーデン人における人間の研究

2 福祉社会の裏側―その光と影

3 中立外交180年

4 モデル国家の裏通り

 

神野直彦氏の「希望の島」への改革―分権型社会を作る 

小金井市民講座で氏の話を聞いた。よい中身なので要約記録する。表題の本は、その時氏から頂戴した。

1 不況といわれる日本の現状

 A ペット・フードに4億円使っている。4億円に達しないGDPの国64ヶ国あり。

 B 東京通勤の満員電車,もし豚をあのように押しこんでロンドンを走らせたなら,早

  速動物愛護協会が騒ぎ出すだろう。

公共サービスの立ち遅れ,国が基準を決め一律指導に問題あり。地域の特殊性に合わせた柔軟なやり方が出来ていない。松葉杖、杖の先がゴムでないと補助金が出ない。北海道では通用しない。農道空港、いらないのに作らされた。

 

2 今は,世界的な構造転換の時代

 A 19世紀1873‐1896は不況の時代,第一時世界大戦まで景気は回復しなかった。繊維・衣料中心の軽工業に製鉄技術の革新が加わったが、鉄道建設がひとわたり済むと需要停滞に陥った。

 B 20世紀は重化学工業の時代である。新しい重化学工業製品が生み出され市場を潤した。軍需は別としても、自動車・家庭電器が新しい需要を巻き起こした。戦後日本は、欧米先進国が旧式設備過剰でもたもたしている間に,新鋭設備を立ち上げて、たちまち高度成長を遂げた。しかしそれらの製品も今やどの家庭にもあふれ、売れなくなった。過剰設備=不良資産の整理が日本経済の課題となった。衣・食・住は、一応の水準で行き渡ってしまった。そこで、21世紀の課題は、ゆとりと豊さを実感させる社会の実現とされた。

 

3 日本の課題と世界の対応

 A 二つのネットの張り替え=社会的セーフティーネット+社会的インフラネット

 そもそも社会保険は,19世紀ドイツのビスマルクが、家族・隣人・友人に替わって,政府が医療・老後の負担を支えることで発足した。ネットの存在によって、よりチャレンジが出きることが期待され、老後年金によって年寄りのリタイヤが早まり,若者の就職拡大が期待された。しかし今日本では、金融セーフティーネットによって淘汰さるべきものを保護し、医療・介護・年金ネットの自己負担を増やしている。これでは国民が貯蓄に励み、消費抑制に走るのは当たり前ではないか。

 B 情報化社会への転換、その基礎産業は金融・生活サービス業。物でなく人間の頭脳・神経がコンピューターに置きかえられ,生活空間が広がり深まり豊になっていく。

 C 欲望の満足は自由競争、しかし福祉は平等の社会的ネットとして張られるべき。金儲けしていい領域といけない領域の区分。税金負担とその再配分についての国民的合意。

 D 新しい社会・都市構造について。環境重視,自然エネルギー重視、再循環社会。ヨーロッパの都市はグリーン化志向、公共乗物重視,マイカー乗り入れ規制、郊外大型スーパーでなく小型街角小売店、公園のような住環境、電力も地域小型発電でエネルギー節約。

 

4 この十年,欧州と日本

三つのパターン。財政再建一本やり,景気振興一本やり、財政改革も景気振興も。

 A 景気回復一本槍だった日本。しかし結果は財政赤字の積み上げばかりで無残な姿、失業率が5%に達せず低いのが唯一の利点。GDPは辛うじて+に戻る。

 B 財政再建に絞ったのはEU各国、マーストリヒト条約で財政赤字3%以下に目標設定,見事達成。しかし失業率は10‐11%水準に高止まり、GDPは回復傾向。

 C 財政も景気も志向したのはスウェーデン、財政黒字2%、失業率5.8%,GDP成長率3.6%で,見事に両手に花を達成。あぶ蜂取らずの日本と好対照。

 

5 スウェーデンがやったこと

政治の指導力,福祉充実のための財政再建策を国民に訴え,選択させた。経費削減収入向上の中身は、失業保険給付のカットと増税であった。大衆にも金持ちにも負担を要請し,国民能力の向上=教育投資こそ経済成長・雇用・福祉の鍵として次の政策を提案した。

 A 情報教育の無料再教育毎年20万人。研究開発費は3.9%,日本は2.8%

 B 環境に絞った技術開発による市場開拓。環境規制は強化。パーク&ライド,ショッピ 

   ングセンターは作らせない。物に課税してリサイクルで税金戻し。ユニバーサル・

   デザインの街作り,地域暖房は廃熱利用で公共サービス。

 C ITはソフトの充実,教育で情報所得格差を作らせない。

 D 福祉充実。保育園とは現地語では「昼間の家庭」,老人ホームも規模を大きくしな

   いで地域に任せ,人生を充実させるインフラ作り。

 E 初等公教育における,教科内容の充実=考えさせる教育。公共部門で何を負担し民

   間で何を負担すべきかを,具体的事例で考えさせている。(映画館とプール、子供

   と家族と社会のあり方など)

 

6 EUがやったこと

1985年に地方自治憲章を作り,自治体が安全ネットを作る方向を明示。情報社会化で人が動かず仕事できる仕組みが出来、人は地域に根付き自然を守る体制が出来た。福祉は金を配るのでなく具体的サービスを提供。

福祉として欠かせないニーズは公共サービスで充足。欲望にからむニーズは無限であって,市場原理に任せるという概念整理が政策に反映している。日本では家族が負担してきた福祉ニーズ=弱者保護=老人介護・保育園・障害者援助などを,家族が充足できなくなりつつあるのに、まだ公共サービスが肩代わりする体制が出来ていない。そこに貯蓄が増え消費が拡大しない根本原因がある。             おわり

なお、神野氏には『希望の島』への改革――分権型社会をつくる01.1NHKブックスという著書がある。主たる論点は上述と同じである。

 

福祉国家の戦い――スウェーデンからの教訓

                  武田龍夫01.2中公新書

                      2001.3.22  木下秀人

著者はストックホルム大学を出、永年スウェーデン勤務の外交官であったので同国の表も裏も知り尽くしている。この国に対する、とかく表ばかりをもてはやすナイーブな思いこみを、複線思考によって現実の姿に是正しようとして本書を書いたという。特に面白かったのはスウエ―デン人の性格の日本人との相似と違いを論じた部分である。神野氏の本と重ね合わせると公正な見方ということになるであろう。簡単に要約する。

 

1 スウェーデン人における人間の研究

彼らは無口で内向的で孤立を好み、人と交わる事は得意でない。森林と湖を背景とする厳寒の続くくらい風土、ヨーロッパの辺境に住んできた。大自然の中の散村に住み、たまの教会や市場が唯一の人と接触する場であった。ビジネスでも弾力性がなく、議論を好まず、決定が遅く、論争を避けたがり、過度に慎重で行動が遅く、冗談はなく、固く退屈で、しかし自尊心は強い。また無口だが組織力があり、信頼できる.合理的で、誠実で、正確で冷静、礼儀正しく知的水準が高い.平等精神が強く中庸を尊重する実際家である。ただし日本人の集団志向性は全くなく、個人主義・利己主義が強烈である。ほとんどの女性は外で働いているから子供は早くから独立心を植付けられ、両親は子供にも老人にも冷淡である。

車もサマーハウスもモーターボートも持ち、週末や長い休暇を楽しむ。「最も豊な国民だが、最も不幸な国民でもある」といわれる。自我が強すぎるスウェーデン人の70%は他人との不平等に対するストレス神経症で悩んでいて、その出口がアルコールとエロチシズムとなる。孤独・利己主義・他人への無関心。

関心を寄せるのは自然.全裸で海や川で泳ぐのは自然な事、セックスも自然で羞恥心はない。自然を歩くのが好き、冬でも散歩する。ものの分析は得意.しかし形而上学や芸術的センスはない。医師でも深い人間的交流は重視されない。

平等と公正にたいする強い欲求。それが福祉社会を作る原動力となった。アメリカ植民地でもインディアンには人道的に接し、土地は買取って略奪はしなかった。

 

2 福祉社会の裏側――その光と影

この一世紀の最も大きな変化は家族の崩壊。老人や子供は家庭でなく公的機関に委ねられ、女性は外で働く。社民党政権による福祉国家への歩みは1930年代に始まり、戦後急速に拡大宣伝されていったが、80年代世界的経済停滞において福祉見直しの声が上がり、網の目のような法律・規則による自由の抑圧、個人番号による個人情報の全体主義的コントロールなどが批判の対象となった。44年間政権にあって福祉政策を担った社民党は、修正資本主義政党で社会主義ではないから見直しに積極的である。

福祉が行き詰まった原因は経済成長の停滞であり、それに人口構造の変化、福祉部門の肥大化、福祉官僚主義、福祉そのものが生み出す悪徳などが福祉社会の新しい問題を生み出した。再建の方法・過程は神野氏の本に詳しい。影の部分についていうと、医師も看護婦もホ−ムヘルパーも不足で、病院では待たされホームサービスは親族に委ねようとしているが、有職女性増加で家族機能は急低下。犯罪増加、モラルの低下。税金負担は普通のサラリーマンで収入の2―3分の1。

老人福祉は実現しているが、老人は家族から切り離されて敬老精神などないから孤独で、日本のような介護側と老人との情緒的感情的人間的交流はない。これは国民性の問題であろう。

過去に、強制的断種・不妊手術がジプシー、ラップ人、障害者、犯罪者など62000人に行われてきた事実は、スウェーデンだけの問題ではないらしい。

 

3 中立外交180年

ナポレオン戦争時代に、ナポレオンに敵対したグスタフ四世は追放され、中継ぎのカール十三世の後継者は落馬で急死、結局ナポレオンの部下のベルナドッテ元帥が皇太子となりカール十四世として1818年王位につき、フィンランド奪還を断念、ロシアと和解、ノルウェーを取得、中立政策によって国内建設に専念、将来の福祉国家の基盤が整備されていった。以後180年にわたる中立維持には、ロシアと英仏のクリミヤ戦争、デンマークとプロシャのシュレスウィッヒ戦争、欧州大戦、第2次世界大戦、その後の冷戦、血の出るような譲歩と屈辱に耐えねばならず、危機において兄弟国民すら見殺しにせねばならなかったという。氷のような利己主義という言葉が呈される事があった。

 

4 モデル国家の裏通り

自殺率は日本と同じ程度であって特異ではない。高いのは旧社会主義国.自殺は心理的社会的問題であるから、スウェーデン人の性格と心理・社会とつながっているが、キリスト教の規範力がないこと、男と女の自我闘争としての男女関係の病理=母性の希薄さ、などが指摘される。

犯罪は以前は少なかった。今は犯罪王国といってよいほど。豊になるに連れて増えた。人口当たりで見ると、刑事犯は日本の10倍、強姦事件は20倍、強盗は100倍以上。事件の四分の一は外国人移民.日本人は引ったくりに会うことが多い。

女性政治家の進出は、割り当て制という選挙制度のお蔭。女性の社会進出は二〇あまりの特定職種にかたより、女性の社会的地位の高さは表面的に過ぎない。男女差別は実質的にないのに、女性側の不平不満は一向に消えない。

スウェーデン人の愛は、健康・自然なエロチシズムで即物的・形而下的時としてアモラル。精神美は乏しい。夏の短い風土から快楽の季節の中でホモ・エロチカスとなる。それが社会的には乱婚的セックス風俗を加速させる。もともと婚前性交が普通な国であった。

飲酒もこの国の泣き所。1922年国民投票で禁酒が49%となり、禁酒でなく割り当て制を導入、1955年まで続いた。EU加入に際し、医師会が安い酒の大量流入によるアルコール中毒者増加に警告し、生産供給は政府独占、販売は自由化という線で妥協するらしい。

人種差別感情はジプシーやラプランド人(ロマ、サーメ)に少しある程度。ユダヤ人に一部反感がある。斬増する外国人移民に対しネオナチ的運動ははるかに弱小である。高齢化に伴い、移民・特に技師・研究者が望まれるが、既に外国系移民人口は6%に達し、その仕事は3k職場が主体で、疎外意識と他方ネオナチも社会問題となっている。

ホームレスは、脱落者やそれを自ら選ぶ人がいる以上もちろんいるが、あまり目立たない。

中学生のいじめもあるが、この国の少年はそのために自殺するような弱い自我ではない。児童・生徒の犯罪もある。教師の体罰は禁止されているが、生徒による教師への暴力行為もある。家庭での児童虐待も意外に多い。児童ポルノも繁盛している。

一般社会でも社会病理の前駆症状が静かに深刻化している。離婚は二組に一組、片親家族の増加、子供達はその犠牲者。

公共の建設工事での用地買収で日本のようなごね得はあり得ない。法律と規制でがんじがらめの福祉国家。自国の将来、特に犯罪や暴力の増加に対して悲観的な見方の国民が多く、自国を誇りに思っているのは22%、福祉への信頼は10%、政治家への信頼は5%、信頼度の高かったのは王室70%、警察・医療機関60%だったという。

『文明とは偽善である。ゆえに現代はあらゆる分野で信頼喪失の時代である。スウェーデンは真の意味の「成熟した模範的な民主主義国家」をわれわれに示してくれるであろうか』というのが著者の結語である。         2001.3.22