日本の低金利政策とデフレ

                     2007.1.15  木下秀人

 昨年3月、日銀は01.3以来続いていた量的緩和政策を解除した。量的緩和政策は、それまで0.1%の公定歩合と0.15%の誘導金利を、デフレ脱出まで「量的緩和」=ジャブジャブ資金供給で「ゼロ金利」は維持するというものであった。さらに7.14、日銀はゼロ金利を解除し、翌日物のコールレート=誘導目標を0.25%と決定、金融市場に金利裁定機能の回復を図った。         

しかしこの水準では米国=4.7-9%やEU3.1-6%と大きな金利差があるため、日本で円を調達して欧米との金利差を抜く=円キャリートレードが横行し、また国内の投資家も高い成長率と利率を求めて海外投資に動いたので、円はドルやユーロに対し割安となり、輸出企業には有利だが輸入物価が高くなり、消費者には不利な状況となっている。 

欧米との金利差を少しずつ縮小したい日銀と、巨額の国債残高を抱え金利上昇に神経質な政府。鍵は、デフレが克服されたか、景気は成長軌道に乗ったか。

その間の指標となる数字を見よう。

 

年次 名GDP 実GDP 失業率 CPI コールレート 10年債 国際収支 円/ドル  日経平均   

       兆円   兆円   %  %   %  %  千億円   円    円 

98  513      517    4.3 100.4 0.30  1.745  151   128  14866 

99  514   527   4.7 100.3  0.03    1.770    126     111    18049

00    513      527     4.7   99.8  0.15    1.270    120     110    15616 

01    501      509     5.2   99.0  0.008   1.400    119     124    11468

02    497      513     5.4   98.2  0.002   0.700    133     121     9611

03    501      509     5.1   98.0  0.001   1.435    172     113     9939

    493      517          100.2

04    498      527     4.6  100.0  0.001   1.320    182     107    11321

05    503      540     4.3  100.0  0.001   1.770    191     113    13561

06    506      542     4.0  100.2  0.255   1.675            117    16790

註 GDP=国民生産には名目と実質がある。CPI=消費者物価指数。03年の下段は統計改定後の数字。06は推定値を含む。数字は日経新聞による。

 

98.800.4小渕内閣、00.401.4森内閣、と短命内閣の後、01.406.9まで歴代2位の長期政権=小泉内閣が続いた。この間GDPは、実質では98年も01年水準も上回ったが、名目ではまだ回復していない。失業率は改善したが、地方と都市、正社員と非正規社員の格差をどうするか。消費が主役というが、リストラで下がった賃金の回復が鈍いので消費者物価指数=CPIの回復が遅れている。GDPで、名目が実質を下回ることと並んで「デフレ」の証であるが、国際収支は黒字で、中央地方政府の負債が827兆円あるといっても、個人金融資産が1500兆円あり、一人当たりの金融資産は、1ドル120円で計算して、1位米国=1499万円、2位日本1144万円となる。株価の回復が景況感の上昇に大きいが、まだ届かない99年の数字は、株価収益率(純利益の株価に対する倍率)が5060倍というバブル含みで、現在の20倍近辺(米国は18倍近辺)の株価は、金利とバランスした健全な数字である点に注意する必要がある。

 いざなぎ景気を長さでは抜いたが、成長率で及ばないのは、日本が既に成熟経済=モノが行きわたって少子・高齢化に入っているため。好況感がないというが、名目賃金が伸びないのは当然だし、消費が伸びないのはもう買うものがあまりないから、そして、昔と比べてはるかによい品物が安く買えていることを感じないであろうか。これ以上を望むのは不遜というべきであろう。

 「日本は、多額の外貨資産を米国債に投資し、米国の国際収支赤字の補填に貢献するばかりではおかしい。米国債は売り払って余剰資金は国内投資に向けるべき」という議論があるが、ジャブジャブ資金が有効に使われず、景気回復に時間がかかったのが実情であった。為替も資金の貸借も自由で制約はないのだから、国内で使われない資金が国外に流れて、利子の差を稼ぐのは自然な経済行為であろう。ただ、小生には、戦後の金融業界は、産業界の旺盛な資金需要を背景に、政府の指示に従うだけで稼げたので、米国金融業界のように、仕事を広げるために政府の規制を突破しようとする気概に欠けていた気がする。米国における金融業の隆盛が、銀行の州際規制突破や、投資信託創出による証券民主化、クレジットカードの導入=個人需要の開拓などの政府規制との戦いの結果だったのに対し、わが国の金融業は商品開発においても、世界的展開においても、内部管理においても、遅れを取っているように見える。頑張ってもらいたいものだ。

遅れているのは金融業だけではないかも知れない。バブルで倒産し多額な公的資金を投入された企業が、経営者を求めて売り出された時、日本に買う資金がないわけではなかったのに買ったのは米国のファンドばかりで、見事再建して多額の利益を獲得した。それを「はげたかファンド」などとけなして悔しがるのは、単にリスクを計算する知恵と再建する才覚と買う度胸がなかったことを証明しているに過ぎない。米国のS&L危機時の父ブッシュの使った公的資金に対し、わが国の使った税金の総額はまだ積算されていないが、はるかに少ないと推定される代わりに巨額の政府負債を積み上げた。刑事責任に問われた人数にも格段の差があるが、それは文化の差というべきだろう。長期的戦略、短期有事の対応力において顕著な差を認めざるを得ない。ビジネス戦争で日本はまだ遅れている。 

                           おわり                                         

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