現在でも御年寄りの昔話として「子供の頃、祖父母の湯治について行って、高湯のふもとの上姥堂に着くと馬子を雇ってくれて、私は馬の背で高湯に行ったものだ」という体験談を聞く事ができます。
旅館としての宿泊営業形体が現在のように確立していなかった江戸時代の頃は、利用する集落ごとに湯治小屋を所有し、そこで湯治宿泊をしたそうです。
その頃の利用者は年間延べ1万2千人にものぼります。
この数字は年貢として納められた税金の湯銭により計る事が出来ます。