はじめて、その名前を聞いたとき、とても強いインパクトを感じた。

 いったいどんな生き物なのだろう。は虫類(ちゅうるい)なのか、昆虫(こんちゅう)なのか・・・。私の好奇心(こうきしん)は大いにくすぐられた。

 「ヘビトンボ」一度聞いたら忘れられない名前である。さっそく図鑑(ずかん)で調べてみると、水生(すいせい)昆虫であることがわかった。「こんな虫がいるんだな。お目にかかれるのならぜひあって見たいな。」とは思うものの、ほとんど可能性(かのうせい)のないものとなかばあきらめていた。

ヘビトンボ しかし、願いが通じたのか、ヘビトンボとの出会いは、その日からそう遠いことではなかった。

 夜、N広場にやってくる虫たちを観察しに出かけた時のことである。

 クワガタやカブトムシ、たくさんの虫たちが、広場の明かりにむらがっていた。

 いくつかあるがい灯(とう)を、ひとつひとつ見て回っていたときだ。

 ブーンというにぶい羽音(はおと)が聞こえてきた。クワガタかカブトムシだろうと思ってふり向いてみると、それは大きな羽を不器用(ぶきよう)に羽ばたかせてこちらに向かって飛んで来るではないか。明らかに、カブトムシやクワガタの飛び方とは違っていた。

 私の背丈(せたけ)くらいの高さを飛んでくる。その後ろからもう1匹あらわれた。「何だろう」胸が高鳴(たかな)るのを感じた。夢中で手づかみする。ちょっとかまれたが、さほどいたいものではなかった。つかまえてびっくり。一瞬(いっしゅん)わが目をうたがった。まさかお目にかかれるとは思ってもいなかったあの「ヘビトンボ」が、今、私の手の中にいるのである。

 次の瞬間(しゅんかん)、もう1匹のヘビトンボを追っていた。何とも、その飛び方は、トンボというにはほど遠いものであった。「重たい体を空中にとどめておくことがやっと」というような飛び方でる。それを追いかけつかまえることは、いともたやすいことであった。

 私はかなり興奮(こうふん)していた。ぶるぶると羽をふるわせ、手をよじ登ろうとしてくる。「なんてこった。せっかくランデ ブーを楽しんでいたのに・・・」ヘビトンボの顔は、そう言いたげに私を見ているようだった。

 次の日、子ども達に見せてあげた。「へエー!こんな虫がいるのか。」と、不思議(ふしぎ)そうに見つめたり、手に取ったりして、また一つ自然のすばらしさを感じていた。

 しかし、残念なことに、はなしてあげる前にその命はつきてしまった。

 その後も、夜の観察は続いたが、ヘビトンボに出会うことはもうなかった。もしかすると、このあたりにすむ最後のヘビトンボだったのではないだろうか。そう考えると、私のしたことはいったいなんだったのだろう・・・。とても悪いことをしたようなもうしわけない気持ちでいっぱいだった。

 あれから十数年が過ぎた。あの出会いの光景(こうけい)を思い出すたびに私は祈(いの)る。夜、だれもいないN広場で、「ヘビトンボのランデブー」が今でも続いていることを。




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