特別保存刀剣 無銘大宮長船兼長

 最近手に入れた一刀です。
 汚い割れ鞘に入っていたのですが見て見ると、一見南北朝期の長義一派に見えたので買ってみました。
 5月初旬協会まで行き保存刀剣審査に出してきました。
 これには柴田光男氏の鑑定が付いていまして肥前国伊予掾宗次と成っていましたので案外安かったです。
 刃長2尺1寸 反り4分 元幅1寸1分 先幅8分2厘 元重ね2分3厘 切っ先長1寸七分
 全身の体配です。
 樋先下がり、身幅広く、切っ先伸び南北朝期の体配です。
 刃文は複雑に乱れた互の目乱れで技巧が感じられない自然な乱れです。

 
 匂い口は沈みごころでいかにも物切れしそうな感じがします。
 地肌は板目肌に杢目混じり肌流れ地景が入り所々に地斑が現れ鍛え傷はまったくありません。
 帽子が先掃き掛けて小丸に返っているのが気になります。
 もしかしたら若いのでしょうか?
 肥前国伊予掾宗次と言う説も有ります。(柴田光男.宮形東雲氏)
 だとすると名刀ですが慶長新刀となってしまいます。

 
 でも姿、地鉄、刃の自然さ,、匂い口、中茎の磨り上げ時代を考えるとやはり慶長期だと思われますのでやはり古作
 だと思い
ます。       
 磨り上げの時代は錆色や中茎の角の鑢目のなれ具合で推測できます。
 まさか慶長新刀を慶長期には磨り上げないでしょう?
 いずれにしても6月末には結果がわかりますので楽しみです。
 待ちきれず2005年6月13日協会に電話して旧知の先生に結果をお聞きしました。
 大分揉めた様子で、備前長重、長義、大宮、伊予掾宗次、等意見が出たそうですがひけ、錆多数の為
 研いでから再度検討と言う事でとりあえず保存刀剣 無銘大宮の極めとなったそうです。
 長義までは行きませんでしたが同じ南北朝時代の備前の大宮と極められ、まあまあの鑑定結果です。
 大宮と言えば代表刀工は盛景です。
 現在古研ぎひけ多数ですので大宮極めですが研いだ結果によっては出世するかもしれません。
 7月6日、研磨に出しました。
 研ぎによりどう変わるか楽しみです。
 8月末研ぎあがりました。
 板目が流れ心があり、かすかに映りが見えます。
 刃文はやはり沈み心で互の目に丁子が目立ちます。
 もう一度協会に行ってよく見てもらおうと思っています。
 9月、協会に行ってきました。
 やはり帽子が違うので長義は無理だと言う事です。

 南北朝時代の相伝備前には違いないがこれと言う決め手が無いので色々な作風の有る大宮だそうです。
 11月特別保存審査に出しました。
 2006年2月に特別保存合格通知が来ました。
 2009年5月研ぎ上げたら如何にも地鉄が良いのでもう一度保存刀剣審査に出しました。
 2009年7月17日通知が来ましてそれには伝備前国兼長と成っていました。
 兼長といえば長義門の筆頭です。
 又出世致しました。
 少しうれしい気分です。


 
 肥後大掾藤原下坂 越前住 2尺3寸の拵えです。
 塗りは弥富の伊藤氏にやって頂きました。
 良い塗りで満足しています。
 石渡氏に依頼の柄前が6月16日出来上がってきました。
 柄糸はお納戸色下はひねり上糸はつまみ巻きで菱を小さく仕上げてみました。
 金具は四分一地に唐草毛彫り、鍔は無銘諏訪幾平、目貫は金の這い龍です。
 鞘も時代がかって中々良い色で古く見えます

第45回重要刀剣 備州長船倫光 康安年期


 第45回重要刀剣です。
 銘備州長船倫光 裏 康安二年八月日 長さ八寸八分五厘 反り 一分強 元重ね一分四厘
 錆身で発見、簡単に研いで審査に出しました所、運良く重要刀剣に合格致しました。
 加賀本阿弥長職の明治時代の鞘書が有り新田義貞の三男新田義宗の所持と言う伝承があります。
 自性院殿義慧源宗大居士(新田義宗)二十三世孫の広島藩浅野家元藩士新田小太郎義尊氏が所持していたが死去の後
 妻の薫子様より形見に歌道門人で千葉県在住の清水玉章氏に譲られた旨の事が記されてます。
 新田義尊氏は京の冷泉家(住居は現在重要文化財に指定)に入門、歌人と成り後に東京で俳諧誌の発行などしています。
 明治21年に桃源吟藻と言う俳句集の編纂をしており国立国会図書館にその原本が御座います。


 葵紋金蒔絵金梨地鞘出し鮫合口拵え
 中身 重要刀剣 短刀 備州長船倫光、康安二年記
 鞘下地 小野博道氏 塗り伊藤俊克氏 金蒔絵 久世和政
 下地の段階で無鑑査の前田先生にお見せした所良く研究しているとお褒めの言葉を頂きました。
 下の画像は製作工程を示しています。
  これも弥富の伊藤さんの塗りです。鞘下地小野 博道 塗り伊藤 俊克 柄巻き 石渡敏夫氏
  中身 近江守高木住助直  長一尺九寸 特別保存刀剣
 
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